ボロキレノベル

□夏の終わりに
6ページ/16ページ



「なになにぃ、枢木少佐は遊びより仕事ですか〜?」
相変わらずの気の抜けた声。ひょろひょろとだらしのない足取りで此方までやってきたロイドが、セシルの持つ箱へ手をつけた。
さっきひとつ差し上げたでしょう、とのセシルの抗議も右から左へ、ロイドはタルトをひとつ掻っ攫った。
彼は頬一杯にそれを含みながら「真面目だね〜」なんて笑った。
「僕なんか毎日が夏休みみたいなものだよ」
「それはロイドさんが仕事放り投げすぎなだけでしょう!」
「だって書類仕事嫌いなんだもーん」
セシルはロイドの冗談に厳しい。これも例に漏れずきつい突込みが入った。

見慣れた光景。居慣れた場所。吸慣れた空気。
ここには季節感がない。

「でも寂しいよねぇ、周りの友達とかはみんな遊び放題なんでしょ?」
「…それは、高校生ですから」
「君も高校生には違いないのにねぇ」
へらへらと笑いながらも痛いところを突いて来るこの上司が、スザクはどうにも得意になれなかった。
図星であるから何も言えないし、かといって黙ったままだと彼は更に楽しそうに笑みを深くする。
「一緒にいたい人とか、行きたいところとか、全く無いわけじゃないんでしょ〜」
「…別に、自分は」
「自分はなにさ」
「彼が少しでも楽しく夏休みを過ごせていれば、それで…いいんです」
ふうん?と相変わらずの笑顔。
「他人事みたいに言うねぇ」
「他人事ですよ、彼は他の友達と夏を満喫しているみたいですから」
ついと顔を逸らす。


「ぷっ」
そして、耳に届いた笑い声。
からかわれている。それが瞬時に解って頭に血が上った。不機嫌な時にまたこの上司は、と。
翡翠の目を剥き出しにして勢い良く振り向いたそこには、口に手を当てて笑いを堪えている上司ロイドの姿があった。
その隣で「ロイドさん!」とセシルが彼を咎めているが、彼女の言葉は何の意味も成していなかった。ロイドの笑いは止まらない。
「あはは、青いなぁ」
強く肩を叩かれる。
「…何がそんなに可笑しいんですか」
「だってそれ明らかにやきもちでしょう」



「…やきもち?」



何を言っているのだろう。
やきもちだと、嫉妬だと。誰の誰に対する。
「その子が自分以外の子と遊んじゃってるから、拗ねてるんでしょ〜?」
「拗ね…」

「やだなぁ少佐、楽しい夏休みに憧れてるのは、誰でもない君じゃないか!」

なんて目尻に涙を浮かべて笑うロイド。セシルがその首根っこを掴んで彼をスザクから引き離した。
呆然としているスザクに、慌てた様子で「ごめんね」と謝罪してくる彼女。
「いつもの冗談だから、あんまり気にしないで。この人スザク君からかうの大好きみたいで…っ」
フォローしてくれているのだろうが、あまりそれになっていなかった。
いや、今大事なのはそんなことじゃなくて。
そうではなくて。


「…すみません、セシルさん」
「え、ううん謝るのは私の…」
「ちょっと出てきます」
「え」
飛び降りたら、座っていた荷物がガタガタと崩れてしまった。
それに構うことも無く、呼び止めるセシルの声にも耳を貸さず、ロッカールームへ走った。
肌に密着して着替えるのが億劫なパイロットスーツを脱ぎ捨て、来た時に着用していたアッシュフォードの制服を纏う。
その間1分も無かった。実に素早い動きでロッカールームから出てきたスザクの背を、セシルはただ呆然と見遣っていた。
「ど、どうしちゃったんでしょう彼…」
ロイドはまだケラケラと笑い声を上げていた。
「スイッチ入ったんじゃな〜い?」

誰の所為です、とのセシルのぼやきが、格納庫に響いた。




◇ ◇ ◇ ◇


.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ