ボロキレノベル

□ユニバース
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きっと同じ星空の下
同じ願いを掛ける人もいる
いつか出会う準備をしてる

そう考えると、世界は少しだけ












『もしもし』


夜も更けた頃に、携帯電話が電子音を発した。
通話モードに切り替えて応答すると、耳元に響いたのは心地よい声。
この音の波は久しぶりに感じた。それが嬉しくもあった。
だから電話片手に口元を緩ませていた。
けれど、その微笑を浮かべる唇から溢れ出して来るのは、いつだって裏腹な言葉。
向こうだってそれを理解しているからこそ、こうして共にいてくれるのだろう。
共にいる?
否、この瞬間に隣にいるとか、そういう話ではない。
そう、ニュアンス的な事を言うならば、
一緒に生きていてくれていると――そういうことで。

『ごめん、寝てたかな』

別に、と否定の意味を込めて呟く。
付き合いの浅い人間だったなら、この時点で此方を無愛想と決め込んで、嫌な顔をするに違いない。
付き合いの深い人間であるから、その答えに安堵したような溜息を吐くのだ。
そして、そうであるからこそ、此方としても向こうの体調が気に掛かる。
忙しい身であるのに、寝る間も惜しんで電話を掛けて来ているように思えた。
よほど緊急の用件なのだろうと踏んで、迅速な伝達を求めた。
しかし受話口から返ってくるのは、困ったような笑い声のみ。

『用事が無い時は電話しちゃいけない?』

そうは言っていない。
けれど用が無いなら、なぜ軍務中に電話を掛けてきたりするのだろう。
長い付き合いで、深い付き合いで、互いの事はなんでも理解しているつもりで――それでもやはり、疎通のいかぬ時はある。

『いま部屋にいるよね』

だからどうした、なんて仏頂面で応答する。
無論向こうは、その態度を叱咤するような愚かしい真似はしない。
ただ笑って、話を続けるだけだ。
確かに自室にいた。今夜は"彼ら"との会議も無いから。


『窓開けて、空を見て』

デスクの隣にある大窓。
携帯をあごと肩で挟み、ロックを解除してそれを開ける。
広がるのはビロードの闇、そして遠くに浮かぶ租界のネオン。
振り仰いだ夜空には――



『ね、すごい星でしょ』



電話の向こうから聞こえる声は朗らか。
景色を共有する喜びに満たされて、弾んでいる。
それは此方とて同じだった。

『今夜は雲ひとつ無いから、たくさん見える』

言われなければ、上を見ることなんてしなかった。
故に、頭上に広がる星の海には、大いに驚かされた。
この星屑全てに名前がついていると思うと、少々困惑する。
思い知らされる。
宙の雄大さ、そして、

『地球と、宇宙と比べたら…僕らってどれだけ小さな生き物なんだろうね』

人間の存在は極めて卑小だということを。
小さな人間の小さな頭であれやこれやと考えても、世界を制御することなど叶わない。
自己は、自己にとってのみ、最大の存在なのである。
それは、痛いほど感じて―文字通り痛感して―いる。
言われずとも、理解している。

『60億人がこうやって、同じ様に夜空を見上げているのに、60億人みんなが、別々のことを考えてる。みんな違う、同じ人なんて1人も居ないんだ』

そうだな。
無感動な返答が、部屋に響く。
いつの間にか、受話器の向こうの声も、囁くような色に変わっていた。



『なのに、ちっぽけな僕らは、60億の人波を掻き分けて出会えたんだ。凄いよね』

微かな笑い声も聞こえる。
乗せられて、こちらまで微笑んでしまった。
確かに、何でもないように話しているけれど、こうして2人が出会えたのは、奇跡なのかもしれない。
酷く使い古された言葉ではあったが。

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