ボロキレノベル

□となりじゃない
2ページ/4ページ




(A quoi est-ce que vous prensez?)




となりじゃない





「リヴァル」
「え」

「え、じゃない。聞いてなかったのか」
不審そうに、整った眉を顰める友人。
ありがたくも勉強の指南をしてくれていたのに、話を聞いていなかったというのは―あんまりな話だ。
故にそれを打ち明けることもできず、ただ苦笑いを浮かべて、
「あ、あぁ悪ぃ…もう一回おねがい」
と、然も理解しようと努力している風情を装った。
根が真面目な彼は、肩を竦めたものの、頷いて再び模範解答を語ってくれた。
彼が握るシャープペンシルによって、ノートへ膨大な量の数式が連ねられた。
時たま「ここだ、ここ」とぼやきながら方程式の一部を大きな丸で囲み、要点を説明してくれる。
その脇に『check!』なんて書くものだから、何だか可笑しくなった。
まめだな、と。

「…となる。解ったか」
「はぁ、まぁ、概要は」
概要、と此方の言葉を復唱した彼は、至極苦い顔をした。
宛ら「これだけ説明しても解らないのか」とでも言いた気な表情である。
しかし彼の説明は専ら大学の講義内容のような高等言語を用いて行われる為に、一言も漏らさず聞いていたとて飲み込むには時間が掛かる。
わざわざ放課後に教室へ残って、席の後ろに立ち見守ってくれている彼には、大層申し訳の無い事実ではあるのだが。
「何が解らないんだ」
「何が解らないのかも解らないんだよぉー」
「これ、そんなに難しい問題じゃないぞ」
「それはお前にとって、だろ?」
「…否定できないな」
机に手を突き、ノートと教科書を覗き込んでくる。
腕が肩に触れて、胸が背中に貼り付いて、耳元に唇が寄る。
「復習するぞ、こういう形で式が並べられた場合は」
囁くような声色、吐息が鼓膜をくすぐる。
顔が近い。
近づけてくる。

「ルルーシュ」
「ん?」
あんまりいつも寄って来るものだから、ちょっと悪戯をしてやりたくなった。
こちらからも、ずいと顔を近づけてやった。
自然、こちらも立ち上がる形になって。
互いの鼻先が触れ合った。
近すぎてピントが合わないくらい目前に、彼の端正な顔があった。



「うわっ」
すると意外にも、彼はそんな素っ頓狂な声を上げて、尻餅を突いてしまうのだった。
見詰め合った時間はほんの一瞬であったけれど―なんだかそれが、酷く長く感じた。
それはきっと、彼も同じだったのだろう。
此方を見上げる顔の、その頬は、真っ赤に染まり上がっている。
いつもツンとすました顔をしているイメージが強かったので、物珍しさに眼を瞠る。

「な、なんだよ、急に顔を近づけるな」
言葉を詰まらせながらそう憤る美しい人。
普段の様子とのギャップがまた可笑しくて。
「変なの、自分からは近づいてくるくせに」
漏れる笑い声を右手で押さえ込みながら、再び席に着く。
床に座り込んでいた彼は、不満げに眉根を寄せて立ち上がった。
「…っ課題に集中しろ、終わらないぞ」
拗ねた様子で制服に着いた埃を払う姿、それがまた穏やかな気持ちを膨らませる。

本当に、奇妙な人だ。



◇ ◇ ◇ ◇



課題を手伝って貰ったお礼もしたかった。
そんな理由から、彼を連れて、暮れなずむ街へ寄り道をした。
勿論、自慢のバイクBMC-RR1200を駆って。
しかし人混みは嫌いだと彼が顔を歪めた為に、彼を公園のベンチで待たせ、独り飲み物を買って戻ってきた。
キャラメルマキアートと抹茶フラペチーノ。
どちらがいいかと問えば、彼は迷う事無く抹茶フラペを手にする。
そして緑のストローでそれを喉に通しながら「コーヒーでいいのに」なんてぼやいた。


.
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ