ボロキレノベル

□KID
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「ご指名ありがとうございますお客様」

目前でそうお辞儀したのは、茶褐色の癖毛が揺れる青年、否、少年だった。
顔を上げたそれには幾分かのあどけなさが残り、見れば年頃は自分と同じくらいだ。
それでもその整った顔に浮かぶ表情には、自分に無いような大人びたものがある。
翡翠の美しい瞳が、こちらをじっと見つめて来る。
その色が余りに綺麗で、ルルーシュも彼の瞳を覗き込んでしまった。
(なんて色だ…)
これではまるで宝石だと感動にも似た感想を持つ。
2人の間に沈黙が横たわる。

「ここ初めて?」
彼は目を細めて微笑んだ。
優しい笑顔。
訳も解らず、頷いてしまう。
「緊張しないで。僕も男子高校生のお客様は君が初めてだから」
「そ、そうか」
柔らかい口調に、肩の力が抜けた。
彼はまるでそれを見計らったかのように、絶妙のタイミングで歩み寄ってきた。
「お隣よろしいですか?」
「…どうぞ」
「ありがとう」
音も立てずに座るその仕草は、流麗だった。慣れている。
スーツの衣擦れの音が響き、思わず身を硬くする。
彼の身体から、爽やかな芳香がただよう。香水だろうか。
そういえば、纏う白スーツは見たところかなり上等の生地でこしらえてある。いかにも上流階級と言った所だ。
(何なのだろう、どこかの御曹司か?)
そう考えると、少々不快になった。
金持ちにはいい思い出が無い。

「何か飲もうか」
「あ、ああ」
彼は近くを通り掛かった他の青年に何かを指示した。
するとその青年は素早く氷入りのグラスを2つと、酒のボトルを運んでくる。
癖毛の彼はその両方に琥珀色の液体を注ぎながら
「何て呼べばいい?」
と聞いてきた。
「…お前は?」
「あれ、指名くれたから知ってるものだと思ってた」
「知るわけ無いだろう、あの男が勝手にお前を連れてきたんだ」
入り口で接客している男を指差す。
「あぁギルフォードさんは此処のマネージャー…彼か」
彼は苦笑いを浮かべた。
「まったく酷いよね、せっかくの休憩時間だったのに」
「そ、それは悪かった…」
マドラーでグラスの中を掻き回していた彼が、ふと顔を上げた。
口元に穏やかな笑みが浮かんでいる。
「どうして謝るの?」
「どうしてって」
「僕は君みたいに綺麗な人に会えて、すごく幸せなのに」

まっすぐ瞳を射抜きながら、彼はそんなことを言ってきた。
開いた口が塞がらなくなる。
何を言っているんだ、と。
「本当綺麗な顔をしているよね。きっと君の心も同じくらい綺麗なんだろうな」
「はぁ…!?」
どんどんと体の距離が狭まってくる。
うわ、と思った瞬間には、腰を抱かれていた。
端正な顔が目前に迫る。
「質問の途中だった、僕は君のことを何て呼んだらいいかな」
耳元で囁く艶めいた声。
ドキリと胸が跳ねた。
「と、友達は…ルルーシュって」
声が上擦った。
名乗ることがこんなに困難だなんて。
「そう、じゃあそのまま」
穏やかで、それでいて男の色香を持つ彼の笑顔に、呼吸が乱れた。
素直に、ああコイツかっこいい、なんて思ってしまった自分が悔しい。
「何とでも、呼べばいいだろうっ…お前は何だ!」


「アーサー」


彼は顔を近づけたままそう名乗った。
アーサー。
その顔に似合うようで似合わない名前だ。
「アーサー…この手を離してくれないか。俺は他に用が」
「ああボディタッチは嫌いなんだね。じゃあ楽しいお話でもしようか、ルルーシュ」
彼はあっさりと体を離した。
そして座りなおすと、注いだ酒を勧めてくる。
「お酒は飲める?」
「飲まない」
「そう、残念」
苦笑いを浮かべたアーサーは、くいとそれを一口飲んだ。
「嫌いなの?」
「嫌いじゃないと思うが…どうやら酔いやすいみたいで、さっきも一杯で顔が赤くなった」
「へぇ、僕も君が酔うところ見てみたいな」
微笑みながらの彼のセリフに、ルルーシュは眉根を寄せた。
「なんで」
怪訝そうに問うと、アーサーは何やら楽しそうに笑みを深くした。


「だって、ルルーシュのこと愛してるから」



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