銀魂
□桜の精
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待ちくたびれてうたた寝をしていると、やっと見慣れた銀髪の頭が近づいてきた。
全速力で走ってくると、息を切らしながら、周りを見渡している。
「ヅラ? もう帰っちまったのか?」
桜の木を一周回り、桂の姿がないことに落胆している。
――遅れてきて、その表情はないだろう……。
うなだれている銀時の様子を木の上から見下ろしながら、桂は「勝手な奴だ」と呟いた。
「? ヅラ?」
桂の呟きが微かに聞こえたのか、銀時が木の上を見上げた。桂は慌てて、体を太い幹に隠した。
「あれ? 今、ヅラの声が聞こえたような……。いね―なら、しかたね―か」
一人で花見をするつもりなのか、桜の木の根元に座ろうとしている。
「旨い酒をふたりっきりで飲みたかったんだけどな」
そんな独り言を言いながら、手に持っている酒瓶の封を開けている。
「まぁ、お前も少し飲めよ」
桜の幹に話しかけると、酒瓶を傾け、根元にたらした。
じわりと地中に吸い込まれていく酒を眺めながら、銀時は満足そうに笑っている。
「旨いだろう? ヅラも勿体ないことしたよな。こんな酒、なかなか手に入らね―んだけどよ」
銀時は手に持っている酒瓶に直接口をつけると、そのまま「ごくり」と飲んでいる。
「やっぱり旨め―な」
銀時の独り言を聞いていると、だんだん悔しくなってくる。早いこと、驚かしてやろうと、太い木の枝に手をかけて、大きく揺らした。
ざわざわと音を立てて花びらが散り、銀時の頭の上に降り注いだ。
「うわっ! なんだよ? 風か?」
銀時は驚いたように、立ち上がると、桜の木の上を見ている。
「見るでない」
桂は体を隠しながら、慌てて声を発した。
「誰だ?」
ちょうどいいタイミングで、月が雲に隠れた。周りは闇夜になっている。
「わしは、桜の精じゃ」
桂は裏声を使って、話しかけた。
「性? やらし―やつか?」
銀時は驚くこともなく、酒瓶を口元に運んで、さらに飲んでいる。
驚かす以前に、銀時が妖精などというものを信じるメルヘンチックは脳をしていないことを思い出した。
「いや、そうじゃない。妖精の精だ」
「精子の精だな」
「そうだが……、それだと、やらしく聞こえるな」
――妖精のイメージを間違えているような気もするが、ここは気にしないで進めるしかないな……。
桂は半ば諦めながら、妖精のふりを続けた。
「わしは、桜の精じゃ」
「それ、さっき聞いたけど」
酒瓶を傾けながら、面倒くさそうな声が返ってきた。
「うむ。そうだったな。わしが妖精だとわかったか?」
「妖精? 桜の精子なんだろう?」
「そうではない。桜の精じゃ」
「どうでもいいんじゃね―の? それで、なんか用あるん?」
「用?」
ただ単に銀時を驚かしたかっただけで、特に用はない。
答えに詰まっていると、銀時が酒瓶を傾けながら、不機嫌そうな声を出した。
「用がないんなら、話かけてくるなよ」
「ああ、済まぬ……。用だな……。用はだな。そうだな。お前の願いを叶えてやろう」
「はあ?」
精は、たいてい願い事を聞く役目だろう。と、短絡的に思った桂の返事に、銀時は不信感を露わにして、眉を顰めている。
もうこうなったら、話を進める以外にない。
心の中で決意した桂は不機嫌そうな銀時を無視して、さらに話しかけた。
「願い事はなんだ?」
「う〜〜〜ん」
不信感を持ちながらも問いかけに答えようと、しばらく腕を組んで考えている。
「そうだな。好きなやつと、やらしいことがしたいな」
思い付いた自分の意見に満足するかのように、銀時は頷いている。
「す、好きな……」
想像してなかった銀時の回答に、桂は思わず絶句した。