銀魂

□最高の桜
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太陽が山間に沈んで行く。明るかった景色が徐々に暗くなってきた。桂は周りを見渡すと、刀を鞘に納めた。
手が痺れている。
柄を離しても、手のひらが握っていた形のまま強張っている。指先に血が通っていないのか、白く冷たくなっている。
桂は、強張りを溶かそうと、手のひらに息を吹きかけた。
今日も一日中、戦っていた。背後を振り返ると、天人たちの屍の中に点在して立ち尽くしている仲間の姿が見えた。
目を細めて、遠くにいる仲間たちの数を数える。

――大丈夫だ。誰も倒れていない。

桂は、ほっと安堵しながら、仲間のもとへと歩き出した。


攘夷戦争――


長引く戦いの日々に、初めて天人を斬ったときの言い知れぬ恐怖が、今ではなくなってしまった。このまま自分の感覚が麻痺していくのだろうか……。
仲間の死を、悲しみを乗り越えていくことが、もはや苦痛ではなくなっている。
心の底にある小さな不安が、桂の中に広がって行く。
この不安が何なのか、本当に不安なのかさえ、今の桂には分からない。

足元で、「ぱきっ」と、何かが折れた音がした。足元を見ると、そこには裂けて倒れている大木があった。
天人の濁った血が、地面の土と大木を真っ黒に染めている。
大木の半分程を覆っている土を手で払うと、血に染まっていない枝が現れた。枝には、小さな粒がついている。

「蕾……?」

桂が指先で小さな固まりに触れると、先端がほつれて、白い色が見えた。この白い蕾には見覚えがある。先生と共に浮かんでくる記憶。

「桜?」

教室から見えた花の蕾に似ている。春の訪れとともに、小さな蕾が膨らんで、次々と花が開いた。薄桃色の花が、幾つも幾つも重なるように咲き誇っていた。風が吹くと、教室に舞い込んできた花びらが、穏やかな空気を運んできていた。桜の花が眠気を誘っているのか、欠伸が出そうになった。あのじんわりと心が温かくなる優しい景色が懐かしい。
桂は大木の幹に触れて、表面を撫ぜた。

――こんなにたくさんの蕾をつけていたのだな……。

こんな戦時下に、一生懸命咲こうとしていた花を傷つけてしまった。花は気持ちを穏やかにさせる。前向きな想いを蘇らせてくれる。なのに、今は倒れてしまっているのだ。足元に倒れている大木は、これから枯れるだけなのかもしれない。花を咲かせることもできずに枯れて行くのだろうか。
桂の中に不安が広がっていく。
どこからか、何かが焼ける匂いがした。はっとして、顔を上げた桂の脳裏に、赤々と燃え盛る炎に包まれて、先生の桜が焼けて行く景色が蘇ってきた。赤い炎の中で、桜の木が、ばちばちと音を立てて崩れて行った。桜の木も屋敷も何もかもがなくなってしまったあの日の苦しくなるような想いが胸に広がって、押しつぶされそうになる。
あの時、まだ幼かった俺たちは、何もできなかったのだ。
大切なものを失くした――。
今でも悔しい想いが溢れてくる。胸を締め付けるのだ。苦しい……。桂は両手で自分の体を抱き締めて、空を仰ぎ見た。
先生の言葉を一つも漏らさないように聞き入っていた。全てを自分の体の中に収めたかった。先生のようになりたいと思っていたのだ。先生のように、銀時や高杉を護れるようになりたいと思っていた。

――今思えば、随分と傲慢なことを考えていたものだな

あの桜の下に立ったら、もう一度、本当の自分に戻れるような気がしてきた。
今の自分ではない――。
本当になりたかった自分の姿をもう一度、描くことができるかもしれない。

「だけど、もう遅いな……」

何もかもが燃えて灰になってしまった。

「天人から全てを取り戻したい」

 桂は大木の幹に触れながら、目を閉じた。

「ヅラよぉ。何、独り言を言ってんだよ」

突然、背後から声をかけられて、びっくりして振り返ると、高杉が立っていた。
心の中で呟いたつもりが、声に出ていたのかと思うと、桂は恥ずかしくて、目を逸らした。

「高杉……、どうしたんだ?」

「テメエの帰りが遅いから見て来いって、銀時がよ」

そっけなく言う高杉の態度がいつもと同じで、安心する。

「ああ、そうか……。すまない。今、戻る」

そっけない態度を取りながらも、心配していてくれたのだろうかと思って、桂は高杉に笑いかけた。



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