第三公子の日常

□誕生〜家族になるまで
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翌朝、淑莉は思った時間に起こしに来た。誰かが居るのに自分が寝ていたと言う事に少し衝撃を受ける。

「清苑兄上は何時頃通る?」
「もう半刻程すれば来られるかと」

俺の問いに答えた淑莉に、もう一着服を持って来るように指示する。
その間に顔を洗い、服を着替える。淑莉が衣装を持ってきてすぐに眠る劉輝の服を着替えさせる。

「コイツ、どんだけ起きねえんだ……」

ボソッと呟きながら、着替えさせ終わった劉輝を見る。一度も目を覚ます気配が無かった。案外大物だぞ、この馬鹿。
淑莉が「もうそろそろ通られるかと」と言う。俺は頷いて劉輝を抱えた。

俺が鈴蘭の君がいる離宮に向かうか清苑の宮に向かうのは危険すぎる。あの二つはとても目立っているのだ。
周囲の目が有りすぎる。
だが、清苑がこの宮を通りがかるだけならば誰も目は向けない。誰が声を掛けようが、「清苑公子」にとってはよくある光景なのだから。

「……お、前は……」
「お久し振りです、とでも挨拶いたしましょうか。清苑兄上」

三歳の頃から会う事の無かった俺に、清苑兄上は気付いた。俺の事をきちんと覚えているその記憶力は大したものだと思う。

「莎夜、か」
「そうですよ。私とて、貴方に会いたかった訳ではありませんが……末弟が宮の物置に入れられていたので届けねばと」

俺の腕にいた劉輝を見て、清苑がまた目を見開く。清苑は俺から劉輝を受け取り、俺と交互に見た。

「……体調はどうだ?莎夜。体調を崩している時に、悪かった」

清苑は偽りの笑みを浮かべる。俺はその表情をハッと鼻で笑った。
この宮の周囲に人は居ない。元から、引きこもりの俺に近寄る人物など滅多に居ないのだ。

「本音で話すがいい、兄上殿。私は見ての通り病気じゃない。クソつまらないあんな座に固執して、全員共倒れしちまえ」

俺が見たいのはその先、この劉輝が創る未来だけ。その為に俺達公子は全員邪魔だ。
言いたい事だけ言って踵を返し、部屋に戻る。部屋にはボロボロの劉輝の服があった。

「……」
「どうされますか?」

淑莉の言葉に、溜息を吐く。あれは末弟だが、俺には何の関係も無い。関わるのは面倒だ。清苑が付いて来る。

「捨てておけ。もう二度と来るまい」
「はい」

その後、予想通り第四公子の所の侍官が鍵を開けに来た。それを見た淑莉が俺の所にその侍官を連れて来た。

「あ、あの、莎夜様におかれましては」
「挨拶は結構。第四公子に、私の倉庫に鼠が出て鬱陶しいと伝えて下さい」

侍官は伝言を受け取って宮に戻っていった。暫くして、第四公子が第五公子と第一公子を連れて来た。

「おや、兄上に弟達まで」
「莎夜の体調を見に来ただけだ」
「滅多にお会いしませんから」

そう嘯きながら、笑顔を浮かべる彼等に俺もまた笑みを浮かべる。
第四公子が「鼠が出たとか」と本題を切り出した。

「ええ、鼠が。私の宮で出る筈が無いのですがね。病気を持つと言いますので、侍官や侍女達が追い払っている筈なのですが」

そこで、俺はわざと茶器を落とした。割れた破片に皆が目を見開く。

「おや、落としてしまいました。力が入らず、申し訳ありません」

中でも大きな破片を手に取り、第四公子に向ける。第四公子は小さな悲鳴を上げた。

「私、実は鼠捕りが得意なのです。小さい頃は鼠がよく出たので、私が退治していたのですよ。うろちょろと、時折毒を含んだのも居ましたが」

全員の顔色が変わる。「鼠」が劉輝ではなく自分達が差し向けた兇手(ころしや)を指していることに気が付いたのだろう。

「また出たのならば、退治せねばなりますまい。以前は牙を砕いておりましたが……それこそ、牙も持てぬようにせねば」
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