神の一手を打てたなら……

□第六局
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先手 黒は倉田が、後手 白を佐為が持った。
周りのプロ達も二人の対局を見守った。

佐為は楽しみにしていた。時は人を置いて進む。佐為がこの世に戻るまで、随分時間が経ったようだ。

その間にヒカルは段位が上がり、アキラも段位を上げた。
倉田もまだ七段だが、実力はまだ上がっているはずだ。

何手目か分からないが、十数手目になって佐為は満足そうに笑みを浮かべた。
座間王座との一戦とは明らかに違う。座間王座は侮っていた。
だが、倉田というこの男は。
佐為ではなく、ヒカルを見ていたこの男は佐為の手を様子見するようなまどろっこしい事はしなかった。

それはプロの余裕など殴り捨てた、真剣な碁。

「(まるで、そう、獅子の如く――――)」

彼は嬉しくなった。ヒカルの時と同じように、倉田という男は佐為を見ている。

だが、それゆえに油断はできない。

「(そちらがそのつもりならば、私も食らいつくまで――――)」

佐為は一手を打った。その一手を見た棋士達は目を見開いた。
それは最善の一手でもなければ、最悪の一手でもない。だが、この状況では捨て置かれるべきところに打った。

「佐為――――」

行洋が声をかけた。その手は、進藤ヒカルを思わせる手だった。
悪手を打ったかのように見せて、のちに好手へと化けさせる……その手に。

「ッ」

完全に予測外の手を打たれた倉田は動揺した。動揺しながらも打ち、何とか佐為に食らいつこうとした。

佐為はそのまま四方から抑え込みに回った。その顔に余裕はない。余裕を見せれば負けてしまう。

その時だった。倉田の一手に、佐為が眉を顰めた。――――悪手だ。
倉田には、たまに甘い点がある。そんな隙を逃す佐為ではない。

「あっ」

後から気付いた倉田も焦った。佐為は追い詰める。倉田は考え込んでしまった。

佐為は、ある意味この瞬間を待っていた。変わるのはアキラやヒカルや和谷のような若い棋士ばかりではない。
彼等だって、変わる。いつだって同じものなどない。

「!」

倉田の目が変わった。追い詰められていたはずの倉田はある一手を打った。それは、佐為が残した唯一の生きる道。

そして、佐為が危なくなる唯一の手だった。

佐為も以前なら気付きもせずに投了する事になっただろう。現に、行洋は不安そうに彼を見ている。

だが、佐為は。藤原佐為は今まで進藤ヒカルと共にいた。

「ほら、こう打ったら勝てたんだぜ。佐為の負けだ」

目を閉じれば、かつてのヒカルの姿が目に浮かぶ。あの時のヒカルを見て、彼は自分自身の役目を知った。
そう、あの時のヒカルは佐為を超えていた。
だからこそ。

「(これで、終わりです!)」

今の彼は、負ける気がしなかった。ヒカルがいたからこそ。

「ありません」

最後の道を立たれた倉田は負けを宣言した。その顔は結構晴れ晴れとしていた。

「ありがとうございました」

ジャラジャラと石を戻す。検討はしなかった。
分かっていたからだ。あれは倉田の悪手が悪い。

「倉田君がここまで来るとは思わなかったよ」

行洋が言った。倉田は少し恥ずかしそうに笑った。

「ちょっとポカやらかしたのがまずかったですね。にしても強いなあ……」

「ありがとうございます。でも、私も勉強中なんですよ」

「ふーん……」

倉田はそこで溜めた。そしてその真っ直ぐな目で佐為を見た。

「お前さ、進藤と何か関係ある?」

行洋と佐為の動きが止まった。行洋は佐為を伺った。佐為は何もなかったように笑いながら聞いた。

「何故です?」

「いや、似てるんだよ。進藤の打ち方に」

――――恐ろしいまでに、鋭い。
彼はそう思った。ただ一度の手合いで、そこまで感じた男は本当にヒカルをよく見ていた。
ヒカルの碁は、佐為の碁を元にしていた。師と弟子だから。

「……いえ」

佐為は笑みを崩さないままで言った。

「進藤プロにはお会いした事などありませんから」
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