神の一手を打てたなら……

□第二局
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夕暮れの街を、駆け抜ける影が二つ。

「待てってば!」

無言で逃げる少女と、待て、や佐為!と名を呼びながら追いかけるヒカル。

「おい!!止まれよ……!佐為、なんだろ?」

「ッ」

彼女はスピードを上げた。どこにそんな力があったのかと言うくらいに。

「なあ!佐為!!佐為なんだろ!?佐為ーーーーーッ!!」

「佐為、なんて!知りません!!」

少女は苦し紛れに言葉を吐いた。

「なら、何で逃げるんだよ!」

「貴方が追いかけてくるからです!!」

いつの間にか、人通りの少ない公園の方へと来ていた。
ヒカルの足がゆっくりと遅くなって、止まった。
それに気付いた彩花もゆっくりと足を止めた。

「本当に、佐為じゃ、ねえのか……?」

懇願に近い、質問だった。
佐為であればいい。佐為は、消えたんじゃないんだと。

しばらく無言だった。荒い息だけが聞こえた。

「……佐為、ってどなたですか」

はっきりと聞こえた、否定の言葉。
彼女が振り返ると、ヒカルは泣いていた。

彩花の心が痛む。泣いているヒカルに、違うのだと、自分が佐為だと告げたくなる。
だが、彼女はこんな所で言う訳にはいかなかった。

どれだけ共にいたか。それは佐為だった自分こそがよく知っている。
自分も、ヒカルの立場であったなら。もしくは虎次郎がこの世にいるのなら。
きっと、何に変えても探した事だろう。それが大事な手合いであっても。

それくらい、ヒカルと共にいた時間は長かった。

「佐為、じゃない……んだな……。ははっ、ごめん……人違いしてさ……」

見ていられなくなった少女は、つい口にしてしまった。

「私は、藤原彩花。貴方を追いかけて、私も高みへ行きます」

「……うん」

「貴方が、こんな所じゃない場所で対局出来たら……その時に、藤原佐為について教えましょう」

「佐為を、知ってるのか!?」

ヒカルは彩花の肩を掴んだ。夢中になって、言った。

「はい。知っています」

よく、と心の中で付け加えた。藤原佐為は、自分なのだから。

そうか、と呟いてヒカルは乱暴に涙を拭った。

「そ、か。じゃあ、佐為にこんな顔見せられねえな」

そして笑った。

「強くなれよ、彩花。強くなって、ここまで来い。待ってるから」

「……はい!」

少女も綺麗に笑い返した。

その時ヒカルの後ろから、塔矢が追いついた。

「進藤!」「あ、塔矢……」

彼女は笑って、そっと立ち去った。
後ろから聞こえるやり取りに微笑ましさと懐かしさを感じながら。

「いきなり走り出して、どうしたんだ」

「ちょっと色々あってさ」

「色々って何だ?」

「色々は色々だよ」



「また、会いましょうね」

ヒカル―――――。

彼女の声はきっと、ヒカルには届かなかっただろう。
でも、彼女は幸せだった。短くても、ヒカルと話をする事が出来た。

彼女は棋院に戻り、何人かに棋譜を書いてもらって帰った。

「(楽しみに、していますよ。ヒカル)」




次回予告!

「アイツ、受かると思う?」

「あの香り、どっかで……」

「君は、誰なんだ――――……?」

【タノシミニシテイヨウ】
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