神の一手を打てたなら……
□第二局
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「さて、お次は誰を?」
「俺が相手をしよう」
緒方が座ると、彩花は目を見開いた。
扇子を広げているため、目以外はあまり見えないが。
「お、がた……九段……」
小さな声で呟かれた声に、緒方は反応した。
緒方、というのはプロだから分かる。だが、何故九段なのか。既に緒方は十段を持っている上に、タイトルも持っている。
「……君は」
緒方の疑問は増える。何故、この少女の目は懐かしそうに自分を見ているのか。初めて会ったのではないのか。
そして、どこか知っているようなその強さ。
思い浮かんだのは。
「Saiか?」
言われて、彼女の表情は強張った。まるで聞かれたくなかったかのように。
そして顔を扇子で隠してしまった。
「……そうなのか?」
彩花は目を閉じた。この者に答えていいのだろうか。思い浮かんだのは
「オレにも打たせろっ!!」
かつての自分と戦いたがる、目の前の男の姿。
「――――私に勝ったなら」
彼女は、苦し紛れのように言った。
「私に勝ったなら、お教えしましょう。緒方プロ」
その提案に、周りがざわめいた。仮にもプロ相手だ、それを分かっていながら目の前の少女は緒方に勝負を持ちかけた。
「……面白い。分かった、受けよう」
「では、私が黒を」「いいだろう」
碁石を交換する。
そして、ふたを開けて礼をした。
「「お願いします」」
数手打って、緒方は相手の強さを感じていた。
塔矢行洋を相手にしているかのような、そんな強さを。
ふと、少女を見ると。
彼女は長考していた。苦戦でもしているのだろうか、まだ数手なのに。
そう思っていると、いきなり彼女は勝負に出た。石を切り離しにかかってきたのだ。
「ッ!?」
緒方が予測もしなかった手が次々に繰り出される。
思わぬところで、さっきまで好手だったはずの手が悪手になってきてしまっている。
挽回しようと躍起になっても、すべてがすべて受け流されてしまい地は取れない。
「……ありません」
緒方に残された手は、投了だけだった。
「ありがとうございました」
周りは、「プロ相手に……」「こりゃすごいお嬢ちゃんが来たもんだ……」とささやき合っていた。
石を片付けている少女は、「(Saiであることを明かさずに済んだ……)」とほっとしていた。
「君の、名前は?」
緒方が訊いた。
「……私の、ですか。藤原彩花です」
「なら、藤原くん。今度また、対局しないか?」
緒方の言葉に、キョトンとして。
その後とても嬉しそうに彼女は笑った。
「はい。こちらこそ、お願いします」
石を片付け終えた頃、また来客があった。
「だから、あそこをあーすればよかったんだって」「いや、あそこはあの石を……」
聞こえた声に、彼女は真っ青になって立ち上がった。相手は分かっている。ヒカルと、塔矢だ。
「ではまた!緒方プロ!!」
このままでは、彼女の計画は崩れる。
若獅子戦で彼女はヒカルと対局するつもりだった。こんな所じゃない。
今の彼女は無名。
それに、彼女が"現世にいる"事を知ったら。
彼女は走り出した。そして、彼等の横を通り過ぎようとした。
「……佐為……?」
呟かれた言葉に、少女の心臓が音を立てた。
「あっ、待て進藤!!」
走り去った少女を追いかけて、ヒカルもまた走り出した。