神の一手を打てたなら……

□第二局
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石が碁盤にぶつかる、涼やかな音がする。
盤上では、一方的な攻めが続いていた。

「(……この者)」

彼女は呆れていた。大口を叩くから、どれだけの実力があるかと思えば。
これなら、ヒカルの方がまだマシだった。

「……ッ」

相手の客は、苦しそうに打ちながら秋も終わりかけなのに汗を流していた。

「チッ……こんなはずじゃ……」

「だから、言ったはずです」

打ちながら、彼女は笑った。

「私をなめていると、負けますよ と」

悔しそうな顔で、その先が打てずに。
客は小さな声で「ありません」と告げた。

「ありがとうございました」

ザワッと辺りが騒ぎ出す。そして口々に彼女に声をかけた。

「強いな」「お嬢ちゃんありがとよ!」「そこをビシッと決めたのがすげーよな」「ああ、あとあの場所。一気に取っちまったからな」

すると、客は。

「お、俺よりも強い奴がいるんだ!ソイツと対局してみれば」

「おー、どうした?」

後ろから、加賀をちょっと老けさせたような男性客がいた。

「おう、お前が負けるなんて珍しいじゃねえか」

「コイツ、強いんだって」

「へー……」

面白い物を見付けたように彼女を見る男は、さっきまで対局していた男を押しのけて席に着いた。

「次のお相手、ですか?」

「相手、してくれるか?」

「勿論」

「なら、互先でいいな?」「構いません」

そこから、打っていたが。

最初は余裕だった相手の顔が、どんどん険しい物へ変わっていく。

最終的には長考の末

「ありません」

「ありがとうございました」

彩花が勝った。
広げた扇子をパチリ、と閉じる。

「こりゃ強いな……」

「これで、ヒカルと塔矢を侮辱した事……取り消してもらえますね?」

彼女の目は、真っ直ぐ男の目を見ていた。
睨みつけるでもなく、かといって優しい物でもない。

「……分かった。取り消してやるよ」

それを聞いて、ほっと息を吐いた。

「(これで、いい)」

だが、と彼女は盤面を見た。この男の一局、決して悪い物ではなかった。

ヒカルが加賀と打っていた時のように、楽しく打てたのだ。

「……ですが、このようにではなく……
もっと気楽に、楽しく打ちたかったですね。残念です」

「じゃあ、もう一局やるか?」

ニヤリ、と男はいたずらっぽく笑った。

「ちょっとズルいよ、わしらにちょいと指導碁をしてくれないかね?」
「おや、俺もしてもらいたいよ」

彼女は笑った。碁の世界は、こういう平和な物であればいい。

「順にやりましょう」






それから、三時間後。
店に来客があった。

「いらっしゃ……あら、緒方さん!」

「市河さんか。お久しぶりです」

暇つぶしに来ていたこの男……緒方精次は、億の騒ぎを見て興味を持った。

「あれは」

「ああ、今日来た子がとっても強いんですよ」「ほう?」

緒方はこの碁会所に来る迷惑な客をたまに指導碁で打ち負かしていた。
反省させるように、鋭い碁で。

「そうそう、5日前から来てた迷惑なお客さんも、あの子が倒しちゃって。それから皆あの子との対局を待ってるんです」

「そんなに強いのか」

正直、驚愕していた。最近はヒカル、塔矢、社、越智、和谷、伊角といった逸材が多い。
彼等は院生だったのだから当たり前と言えば当たり前だった。が、院生が来たと言うような様子ではない。

「院生、か?」「さあ……。そういえば聞いてませんでした」

興味本位で奥へ向かう。そして盤上を見た。

「!」

緒方は目を見開いた。これは素人の腕でもない。アマチュアでも……。
日本のプロのトップ棋士と言っても通じるほどの腕。

「ありません」「ありがとうございました」

ちょうど終局を迎えた。
それから感想を言い合っている。

「ここを、こう……。ここに目を向けすぎましたね、こちらをオサエられていたら」

「ああ、なるほど」

彼女の教え方、技術、頭脳。どれをとっても、子供らしくなかった。
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