神の一手を打てたなら……

□第六局
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平安時代の碁打ち 藤原佐為。

転生して女子となった藤原彩花が一組に上がった頃。

今日も今日とて、彼女は行洋の元へ来て碁を打っていた。

「ありません」

「ありがとうございました」

今日は珍しく、彼女が負けていた。
迂闊な手が多かったのが気になるところである。

「今日は迂闊な手が多かったが……。何か考え事か?」

彼女は笑った。とても楽しげに。

「ええ……。ヒカルに追いつける日が、また近くなったと思うと……つい」

「順調だと聞いているよ。だが、まだ追いつくには遠いだろうな」

「分かっています。私もそんなに簡単に追いつきたくありませんよ」

彼女が笑うと、行洋も笑った。

「楽しいか?」

ふと、行洋が訊いた。

「え?」

「碁を打つのは楽しいか、と聞いている」

彼女は嬉しそうに笑いながら石を片付けつつ、答えた。

「ええ。私が、千年前のあの日……そのまま天へと還っていたならば、きっと私はこの時代の極められた碁を知らずにいました」

それは、佐為がヒカルと共にいて初めて知った"コミ"というルールやコスミが古い手であるということを指していた。
彼女の得意とする手は、今や古い定石。研究されて進化するしかなくなっていた。
そうなった事が、嬉しくて。まだまだ学べることが楽しくて。彼女は笑っていた。

「君は院生だ、アマチュアと同等の若手棋士の子供達と打ってみて、また学ぶこともあるだろう」

「ええ、皆強いので楽しんでいますよ。しかし」

彼女は行洋に真顔で言った。

「貴方の子息……、そしてヒカルのように私を倒せそうな者はまだ見つかりません」

「……強い相手と、打ちたいか?」

彼女は下を向いた。自分の手を見る。
こうやって自分が体を持って、しかも記憶をなくさずに打てているというのに。

何と強欲か。彼女は自分をそう責めた。
追いつくと、言ったのに。弱い相手だろうと、誰であろうと……ヒカルを追いかけるのだから我慢しなくてはと思っていたのに。
今も、こうして行洋と打っているのに。

「……打ちたい……」

彼女は小さな声で呟いた。
行洋はその小さな声を聞き、彼女に言った。

「二時間、だったな。院生の姿では人の目につく。"藤原佐為"として、打ちに行くか」

言うが早いか行洋は立ち上がった。そしてタクシー会社に電話をかけ始めていた。

「……え?」

「打ちたくないのか?なら、私だけで行くが」

「い、いえ!!」

彼女は慌てて立ち上がった。そして"藤原佐為"となって持って来ていた着替えに着替えた。

「誰と打ってみたい、という希望はあるか?」

タクシーの中で、行洋が訊いた。
佐為はしばらく考えて、口を開いた。

「……特には。行洋こそ、今は自由に打っているのでしょう?どなたと打っているんです?」

「そうだな……、桑原先生には時々打ってもらったりするが。ああ、倉田君ともよく打つな。彼の碁は面白い」

「倉田さん、ですか」

佐為は思い出していた。真っ先に、ヒカルを見て警戒していた。ヒカルの力を見抜いた人物。
行洋の言う通り、彼は面白かった。

「何だ、知り合いか?」

行洋が、彼の反応を見てそう言った。佐為は笑った。

「ヒカルと共にいた時にお会いした一人です。ヒカルの事を真っ先に"見て"くれた方でした。
私とヒカル、どちらが倉田さんを超えてしまうのか楽しみですね」

ふふ、と笑う彼の横顔を見て、行洋も笑った。

「ああ、君の若獅子戦と新初段が楽しみだよ」

「ふふ、"塔矢行洋"に楽しみにされるとは。光栄です、期待に沿えるように努力しましょう」

タクシーが留まった。彼は行洋に着いて車を降りて、歩いた。

「この先に、プロがよく来る碁会所がある。客のプライバシーは守る場所だ。誰が来たか簡単に口を割る事はない」

「それは、ありがたいですね」

佐為はこれから戦うプロを思い描いてうずうずしていた。
行洋はそんな佐為を見て、子供を見るように微笑んで佐為の手を引いた。

「さあ、行くぞ」

「はい!」
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