神の一手を打てたなら……

□第五局
1ページ/3ページ

平安時代の碁打ち 藤原佐為。

かつての彼と共にいた少年、進藤ヒカルは最近の連敗に苦しんでいた。

「……ありません」

呟いた言葉は、負けを示す言葉。
だが、呟いた本人の表情は負けて悔しいと言うよりも何かを必死に探しているかのようだった。

「ありがとうございました」

ジャラジャラと、碁石の集められる音がする。
碁石の音を聞きながら、ヒカルは考えていた。

かつて自分と過ごした彼は、確かにあの時消えた筈だった。
それ以来、自分の碁の中以外で彼を見る事は出来なかった。

それが、あの娘。藤原彩花が佐為を、彼を知っていると言う。
ネット碁にSaiが復活し、その上佐為を知っている者がいる。

それだけで、ヒカルが焦るには十分だった。

「強くなれよ、彩花。強くなって、ここまで来い。待ってるから」

そう言った言葉に嘘はない。
だが、彼女が来る前にどうしても会いたくなる衝動が抑えられない。

そうやって焦って、負けるのだ。

「はあ……」

ため息を吐くヒカル。
ここ最近の連敗は、正直痛い。

「進藤!」

誰かに呼ばれて、顔を上げる。塔矢だ。
塔矢が、鬼のような形相でヒカルを見ていた。

「また負けたと聞いたぞ!」

「……ああ」

ヒカルにとって、確かに連敗は痛い。
だが、それよりも。それよりも、彼と会いたい方が勝っていた。

「ああ、って……君は勝つ気がないのか!?」

「そんなこと、ねえよ」

勝つ気がない訳ではない。ただ、目の前の手合いより気になるものがあるだけで。
そう、勝ちたいとは思っていた。

「ない訳が、ねえ」

「なら何故連敗するんだ!君の実力は、本気はこんなものじゃないだろう!?」

ヒカルは複雑な気持ちになった。この力は、自分だけのものではない。
そもそも、佐為が居なければ自分は囲碁など知らなかったのだから。

そんなヒカルの様子を見て、塔矢はため息を吐いた。

「そんなに」

「え?」

「そんなに、Saiが気になるのか?」

塔矢は分かっていた。ヒカルの様子がおかしいのは、Saiが現れてからだ。
棋院で見た彼女も、Saiについて何かを知っている。
そして、自分の知らないヒカルの事も。

「ど、して……」

「君の様子を見ていれば分かる。君はずっとSaiを気にかけているじゃないか」

「……」





その頃の、彩花は。

「な……!?」

ファックスで送られた棋譜。それは、行洋から送られた最近のヒカルの棋譜だった。

「な、んという……」

彼女には信じられないほどに、ヒカルの碁は酷かった。
荒れすぎていて、言葉もない。

「雑、の一言じゃないですか……!何です、この棋譜も、この棋譜も……!!」

彼女の知る、"進藤ヒカル"という人物の棋譜はどこにもなかった。
ただそこには、勝負を焦りすぎていてミスばかりを連発した弱者の棋譜があっただけ。

「……ッ、ヒカルがこんな碁を……!!」

彼女は男物の服を引っ張った。
行洋にもらった、男性用の洋服。

「説教です、ヒカル……!」

その目には、強い光と炎が宿っていた。




「……」

下を向いて、複雑そうな表情をするヒカル。

「教えてくれ、君は……Saiとはどんな関係なんだ!」

「!」

ヒカルは言おうか迷っていた。幽霊の話なんて、そんな非現実的な事を彼が信じるだろうか?
自分だって、信じられないくらいだった。

「君はずっと、あの日から教えてくれなかった。君が「もう打たない」と言った理由も

君に何があったのかも」

そう、ヒカルは先延ばしにしていた。「いつか教えるから」と。
そのいつか、は永遠に来ないと思っていた。信じられるはずがないから。

「教えてくれ」

塔矢は真っ直ぐにヒカルを見た。

「君と、Saiはどんな関係なんだ」
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ