神の一手を打てたなら……

□第四局
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平安時代の碁打ち 藤原佐為。

転生して女子となった藤原彩花は、棋院から帰ろうとしていた。

その際。

「……おや」

ちょうど棋院へ来ていた塔矢行洋と会ってしまった。

「院生かな?」「は、はい……」

まさか、こんな所で会うとは思っていなかった彼女は何事もなかったかのように通り過ぎようとした。

今の彼女は、藤原佐為ではない。気付かれないだろうと思っていた彼女だったが。

塔矢行洋は、彼女の腕を掴んだ。

「!」

「……Sai」

ポツリと呟かれた名前に、少々動揺する。

「君が、Saiか」

疑問形でもなく、はっきりと断言されてしまった彼女は慌てた。

「ち、ちが……」

どうすればいいか迷っていた。嘘を吐くか、逃げるか。どちらにしても、気付かれる。

「……ごまかしは不要だ。君の、その威圧は間違いなくSaiと同じものだ」

「……なんと……。困りましたね……」

彼女は困ったように笑った。諦めたのだ、塔矢行洋相手に、嘘を吐くことは不可能だったようだ。

「半分は勘だが、確信がある。君は、Saiだな?」

「――――ええ、認めましょう。貴方相手に、誤魔化すのはやめます。私が、Saiです」

彼女がSaiだと認めると、行洋は腕を離した。そして改めて彼女を見た。

「やはり、な」

「よく見付けられたものです。私と長く共にいたヒカルですら、私だと確信を持てずにいたものを」

行洋は笑った。

「君の実力は、分かる者には分かる。隠せるものじゃない。おそらく、桑原先生にも分かる事だろう」

彼女は遠くを見つめた。この世界の棋士。
ヒカル、塔矢、倉田、社、和谷、伊角……

そして目の前にいる塔矢行洋、緒方精次、桑原、一柳、座間……

「何とも」

持っていた扇子をバサッと広げて、顔を隠す。

「この現世には鋭い棋士が多くて困る……」

「はは、誤魔化そうとする方が怪しく感じるものだ」

「私は知らぬ存ぜぬで貫こうと思っていたのに、貴方に最初に気付かれるとは」

彼女の様子を見て、行洋は聞いた。

「聞きたい事が色々ある。帰るところか?」

「ええ、まあ……」

「なら、場所を変えて一局打たないか?直接打ちたい、と言ったのは君だ」

「こんな所で、とは思っていませんでしたけどね」

彼女は行洋の誘いに乗った。行洋は車に彼女を乗せて、別の場所へと向かった。





和風な家についた。

「そういえば、塔矢先生」「何だ?」
「棋院に用事があったのでは?」「大したことではない」

そう言って、行洋は玄関まで向かった。

「さあ、上がりなさい」

そして、彼女の口元は盛大に引きつった。

「……塔矢先生。先程まで、言うのを敢えて避けていたのですがね……

ここ、貴方の家ではありませんか!?」

「そうだが」

何を当然のことを、と言いたげな行洋とは裏腹に、彼女の頭は最悪な方程式を浮かべていた。

「(このまま塔矢が帰ってきたらどうしろと?!ヒカルにも伝わって、私がSai……藤原佐為だと気付かれたら終わりです!)」

彼女があまりに挙動不審なため、行洋は聞いた。

「何か気に入らない所でもあったか?」

「そうじゃありませんが、これではいつ塔矢が帰って来てもおかしくないではないですか!」

「気付かれたくないのか?」

彩花は思いっきり頷いた。もちろん、頭の中はヒカルにバレたら困るという考えである。

「なら、誰にも言わない。アキラなら、今日は大阪で対局だから戻っては来ないはずだ」

「……そう、ですか……」

彼女はほっ、と息を吐いた。これで、ヒカルに気付かれる心配は減った。
行洋は彼女を案内して、碁盤のある部屋へと連れて来た。

碁石と碁盤を前に、二人が席につく。

「今度は、君に黒を譲ろう」

「いいのですか?私は黒を持ったら負けた事などありませんよ」

扇子の陰で、妖しく笑う彼女に行洋は余裕を見せた。

「それもまた一興だろう。さあ」

「おやおや、案外せっかちな方だ」

蓋を開けて、開始の準備をする。

「お願いします」「お願いします」

対局が、始まった。
石が碁盤を打つ、軽やかな音がする。
しばらく打ったところで、行洋が口を開いた。
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