小説庫2

□ No body knows U
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『俺はネッド、お前は?』


 初めて僕に笑顔を向けてくれた人だった。
 水曜の午後、それがこの世で僕の唯一の楽しみの日。
 暖かいスコーンと、ミルクを持って彼は兵舎の裏で待っていた。
 『レイヴンか、いい名だな』
 こんなに優しくしてくれる人、初めてだった。

 傷つけたかったわけじゃないんだ。
 居心地がよかっただけ。
 それなのに、

 『レイヴン、これは誰だ?』


 誰か、これは夢だと言って



***


司令室を四方に覆うスクリーンが茶色と黒の煙で視界を遮られる。
大きな砲撃の余韻と共に辺り一面に煙が立ち込めた。
「コジラス全機大破…」
司令室にいるスタッフが息を呑むのが分かった。

「パイロットの生存は?」
シュバルツの声がその沈黙を遮るように部屋に響き渡る。パソコンを操る兵も頭上のスクリーンに食い入っていたが、その声の張りにはっとしたようにパソコンに目線を戻した。
「…確認しました!」
その声と重なるように立ち込める炎の中から赤色の装甲が見える。
傷一つ負わずそこに立つセイバータイガー。その赤色が今は不吉に見える。機体を唸らせ大きく咆哮した。
誰もがスクリーンに食い入る。黙々と立ち込める煙が徐々に消えていくほどに辺りの様子もクリアになる。そこには数分前まで果敢に戦っていたはずのゾイドの残骸が散らばっていた。

セイバータイガーは再び地面をけって機体が走り出した。
「…セイバータイガー、ただいまBブロックを抜けました!」   
司令室にざわめきが起こる。まさか1頭のゾイドがここまでするとは、みんながそう感嘆しているようだった。このガイガロス基地が帝国軍では最も大きな演習場であったがこの規模の演習は初めてだ。兵達が動揺するのも仕方あるまい、そうシュバルツはスクリーンに食い入った。
「28、29、現在30体攻略。パイロット脈拍、脳波共に正常です。」
横にいる上司が身震いをしたように肩を震わせたのが分かった。
「すごい、な」
「…そうですね」
このゾイドに乗るのはまだ幼い少年だ。この歳で、ここまで闘いに慣れている。
「哀しい、ものだな…」
誰にも聞こえないような大きさでバースが呟いたのを、シュバルツの耳は捉えていた。


今日の彼の口数の少なさも気になる。ここまで相手が多ければ寡黙にもなるか。それとも昨日の腕の傷が痛むのか。
「レイヴン!」
スクリーンに大きくレイヴンが写し出される。この場に不釣り合いなほど白い肌が浮き立っていた。
「たった今Bブロックを抜けてCブロックに入ったところだ!次は、分かっているな」
レイヴンの瞳は真っ直ぐに前を捕えていた。
《じゃあ、今は30を過ぎたくらいかな…。あと20体でゲームオーバーだね》
演習を開始してから1時間以上経つというのに汗もかいていない。視線は前のみを見つめ、猛スピードでセイバータイガーは林を駆け抜けていく。
《この林を抜けたら広い高原。飛行型ゾイド…》
ぶつぶつと呟くレイヴンの深い紫色の瞳に、緑の林が駆け抜けていく。
君は一体何を見ている?
人が持つ力以上に力を出そうとする際に陥るといわれる一種のトランス状態。自らの極限まで集中しているのか。
昨日受けていた腕の傷が気がかりだか、それすらも今の彼には気にならないのか。



***

《…セイバータイガー、ただいまBブロックを抜けました!》
案外いけるもんだな。
50体と聞いていたがあまりてこずらずにスムーズに2ブロック通過してしまった。でもこれも相手にパイロットがいないからだ。おそらくオートモードにでもしてあるのだろう。動きが単調すぎる。パイロットが乗っていると、どれだけとどめを指しても最後の抵抗を見せる。勝ち目がなくとも最後の火花を散らそうとする、その儚い最期。
それが綺麗だと思う。
《28、29、現在30体攻略。パイロット脈――……》
これじゃあおもしろくないよ。

  『君が、危ない』
あの人が考えたんだな。
  『君の身に何かあったら…』
くそ、
《レイヴン!》
本部から通信が入り、右脇のパネル上の画面に紫色の軍服が映るのが分かる。視線を向けずとも分かる、あの人だ。
《たった今Bブロックを抜けてCブロックに入ったところだ!次は、分かっているな》

危ないのは僕じゃないよ。
      『―――やめてぇ…!!お願いだからやめてよ―――!!』

たぶん、あなただ。

「…じゃあ、今は30を過ぎたくらいかな…。」
まっすく前を見て応えた。今彼を見てしまったら、駄目になってしまう気がした。

くそ、あなたのせいで思い出したくない事まで思い出しそうだ。

「この林を抜けたら広い高原。飛行型ゾイド…」
飛行型ゾイド…。なんだっけ、この感じ。

レーダーがゾイドの反応を捉えた。頭をぶるぶると振って思考を掻き消す。レバーを手前に引き、周りの視界を遮る木々を振り払ってさらにスピードを加速させた。林を抜けたらすぐ交戦だ。集中しろ。いつもみたいやったら大丈夫だから。

林を抜けた瞬間太陽に目が眩む。太陽の真ん中からレドラーが急降下してきた。


『俺はネッド』
あ―――――
『お前は?』
そうか―――、







けたたましいサイレンの音が司令室に響き渡った。
赤いハザードランプで部屋が照らされていく。
「どうした!!」
「パイロットの脈拍、脳波、共に異常に高まっていっています!」
「なぜ…」
スクリーンには赤いセイバータイガーとそれと対峙する数対のゴジラス、そして辺りを飛行する飛行型ゾイドがいるだけだ。
これだけのゾイドなら何ともないはず。
まさか、腕の傷が痛むのか?
「演習は中止する!総員待機だ!」
セイバータイガーの様子が明らかにおかしい。動きが鈍くなり、途中よろめくように動きが止まる。
「パイロットと通信を繋げ!レイヴン!!演習は中止だ!引くんだ!」
「パイロット、応答通じません!」
「くそ…、全ゾイドの機能停止しろ!オートモードを解除するんだ!」

対峙するゾイドには前回の演習で負傷者や死者も出たということでパイロット不在のオートモードにしてあった。それが今回裏目に出た。向かってくる敵に自動で反応するようになっている。
「シュバルツ少佐!駄目です!ロックがかかっていて強制停止できません!」
「なに!?」
まさか、最初からこのつもりで?

冷や汗がすべり落ちる。
銃撃を浴びたセイバータイガーが地面に倒れ込んだ。まるで先ほどとは別人のようだ。司令室にいるスタッフ全員が画面に食い入った。
「レイヴン…!止まれ!」
その四方をゴジラスが囲む。一斉砲撃の準備だ。セイバータイガーは立ち上がろうとする、片方が折れた牙を大きく開けて咆哮するとそのまま一気に加速して突進していった。
《うあぁあぁぁあ――――!!!!》
「レイヴン!!!!!!!!」






***

『俺はネッド、お前は?』


毎週水曜の午後、士官学校生達が実戦演習を行う為に軍本部まで訪れる。赤茶色の髪が庭園を通るのを僕は窓から眺めていた。彼が見えると僕は門兵の目をくぐり抜けて外へ出る。
暖かいスコーンと、ミルク。初めて口にしたと言ったら彼は驚いていた。

『…レイヴン』
その頃プロイツェンの“お仕置き”が加速していた時期だった。それでも、殴られた跡については何も聞かなかった。
『レイヴンか、いい名だな』

居心地がよかった。
人として僕を扱ってくれた最後の人だった。


『俺、飛行型ゾイド乗りになるんだ。それで空を飛んで、国を守るんだ』

それなのに、

『レイヴン、これは誰だ?』


誰か、これは夢だと言って





***



うっすらと目を空けると、移動する天井。
カラカラと音がする。身体が言う事を聞かない。口元を何かに覆われて、勝手に呼吸しているようだ。心臓の音が、穏やかに、鳴っているのが分かった。周りで世話しなく動く白い服を着た人たち。
身体は浮遊したようにどこかに運ばれているようだ。
僕はどこへゆくの?
うっすらと眼を開けた先に女の人が見える。
「もうすぐよ。頑張って」
僕の目線を捕えるとそう優しく肩をなでた。

僕は、死ぬのか。


それで、いいのかもしれない。



まどろむ意識の中で、何か、大切なものを思い出している気がした。

昔昔に、心の奥底に閉まっていた箱から、溢れ出すように記憶の波が押し寄せた。




『俺、飛行型ゾイド乗りになるんだ。それで空を飛んで、国を守るんだ』


『ゾイド…嫌い』
『嫌い?珍しいなー!お前ぐらいの歳だったら大抵憧れるもんだろ、ゾイド乗りって奴に』
僕が首を振った。
記憶なんてない。なぜ嫌いかと言われても分からない。ただ嫌いなんだ。ネッドはやさしかった。何を言っても大丈夫な気がした。
彼は僕が食べるのが遅くても殴らない、返事をしなくても蹴らない。

『ゾイドが怖いのか?』
『ううん…嫌い、なんだ』
『…そ、っか。そっか』
スコーンを頬張ったまま彼は僕の頭に手をポンとのせる。
大きな手に頭を包まれるのが僕は好きだった。
『ならさ、』
彼はよく笑った。
『お前乗せてやるよ!俺の指なげーだろ?みんなからゾイド乗りに最高の手だなって言われてるんだ!だから、な?』
口隅をニッとあげれば覗く八重歯が、陽気な彼のイメージにはぴったりだった。

『俺が一人前になったらお前乗せて飛ぶからさ!ゾイドの凄さ分からせてやるから、』
それまで待ってろよ、僕の顔を覗いてにんまりと笑った顔がキラキラしていて。
太陽のようで、暖かくて、大きくて。
本当に、大切な時間だった。
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