小説庫

□melting snow
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melting snow




空に藍色のような混沌とした闇が迫っていた。案内された部屋は小さな木造の部屋だった。足を踏み入れるとギシリと音を立てたその床から檜の香りが漂う。この宿舎の前に到着した時、本当にここなのかと見間違う程だったが、中に入ってみると木造立てのその館は趣きのある宿舎だった。赤のような濃いワインレッドの壁紙に、ほんのり薄暗いロビーの奥には暖炉がパチパチと音を立てている。家具は年代物のアンティークを使っているような、なんだか懐かしい場所のような感覚に陥る。
「お待ちしておりました」
どこから現れたのか、奥から黒のワンピースに身を包んだ女性が現れて2階に案内された。ごゆっくりどうぞと微笑みかけ、何も言わずにまた廊下に消えていった。シュバルツはなんといってこの宿をとったのだろう。女性の背中を見てぼんやりと考え、自身の吐息が白い煙となって消えていくのを眺めた後、どうでもいいかと部屋のドアノブに手をかけた。
ガイガロスより少し離れた町の一角にあったその小さな宿舎。そこが2人の待ち合わせ場所だった。
31日に、そこで。そう言って今日この場所を指定してきた男は宿舎の名が入った名刺を渡した。基地での任務中に廊下ですれ違いざまに、「あ、そうだ」とでも言うように突きつけられた言葉と名刺に、レイヴンはしばし反応できずにいた。名刺に食い入るレイヴンをよそに遠のいていこうとする背中に待ってと言った時には遅かったようだ。既に約束成立。

「これ…なに」

「12月31日にそこで」

それだけ微笑みを浮かべてシュバルツはツカツカと去っていく。その背中をレイヴンはまた目線でぼんやり追って、自身も踵を返した。あの人がああなるともう自分に選択肢はないようなものだ。そう長くない付き合いだがあの人の頑固さは身に染みるほど分かっていた。どうせ何を言っても無駄だろう、いつも2人の約束はそうだった。それにしても、レイヴンはポケットから名刺を出す。12月31日ということは、一緒に年を越すということだ。最近街もクリスマスや新しい年に向けて賑っていた。それは自分には関係ないこと。いつも浮き足立つ街の賑わいから逃げるように街を歩いていた。年越しも街のどこかで適当に一夜を過ごす、そんな一日の一つだと思っていたが、今年はそうもいかないようだ。


部屋を少し進んでバスルームの横を通り過ぎると大きな窓と部屋の中心部にある少し大きめのベッドが1つ。1つしかないそれが、様々なものを物語っていて部屋の寒気と頬の赤さが一気に押し押せる。何ていって予約したんだ、あの人は…。大きなベッドに投げやりに沈み込む。コートを脱ぐにはまだ肌寒いその空気、冷たいシーツが熱い頬に心地よかった。あの女の人も一体なんて思ったのだろう。女とも見間違われることもしばしばあるが、まさかあの一国の少佐(あの女性が当人を知っているか分からないが)ともあろう人が自分のような子どもを宿舎に連れ込み、さらにベッドもダブルが1つとあれば、親子ともなんとも言い訳の仕様もないだろう。
熱をもった頬と対照的にさっと引いていく感情があった。今日もうあの人は来ないかもしれない。ぎゅっとシーツを握り締めると洗いたてのいい香りがして、そこに温もりが生じて動けなくなる。少し顔を横に向けてまたひんやりとした新たな部分が頬に当たる、そうして見上げた窓の向こうには雪がちらついていくのが見えた。シーツから起き上がる足が重い。その行為すら億劫なほどに自分の体が疲労しきっていることに気づく。この街まで自身の足で来たのだ。監視されてる恐れがあったから、念の為シャドーはガイガロスに残してきたが、何があるか分からない。

手をついた窓が突き刺すように冷たい。それでも冷たさの針が今の心には心地いい。小さな期待と、それを抑制しようとして暴れ出しそうなこの気持ちを落ち着かせる何かを求めてる。大きな窓を開けて一気に飛び出してくる風を受け止めて足を踏み入れたそこはまたもギシギシと音を立てた。赤色に塗られた木造のバルコニーに手をかける。部屋の半分ほどの大きさがあるバルコニーからは街が一望できた。耳元をひゅうひゅうと音を霞めて飛び交う風と雪に心が落ち着いた。この冷たさの中でしか自分は生きていけないのかもしれない。またあの生活に戻っていく準備をしろと自身の思考に語りかける。
ふと灰色の雲から舞い落ちる雪に金色を思い出して、ああ、冷えてるんじゃないかな、そうふと頭をかすめた思考を掻き消すように身をぶるぶる震わせた。
もうあの人は来ないんだから。期待しそうになる自身を抑えつけても、それでも後ろのドアが開くのが待ち遠しいなんて、どうかしてる。もうこの宿舎からも出て行ったら、それで済むのに、足が馬鹿みたいに重くて言うことを聞かない。ズキズキしだす心を抑えることができない。さっと冷えていく心と、あの人の微笑みが重なりあって胸が焼け付きそうだ。
「……」
吐く吐息が白い蒸気となって空へ舞い上がっていく。なんだか、眠い。閉じそうになる目を擦ると雪が睫毛に染みた。完全にバルコニーに身体をあずけるように両腕をついて顔をうずめるとどんどん眠気のようなまどろみが襲ってきて。このまま雪に埋もれて綺麗に消えれたら、もうこれ以上あの人にも誰にも振り回されることはないのに。これ以上辛い思いをしないで済むのに。
もう離れたほうがいいのかな、こうして『待つ』時間が長くなればなるほどこの思考にたどり着いていく。うん、もう離れてしまったら、楽になるのかもしれない。こうしていつなくなってしまうかもしれない恐怖に怯えるのは、疲れる。


でもいつもこのなけなしの決心も崩される。



「冷えるよ」

背後から堅いコートで包まれる。


だってあなたはいつもこうやってスルリと入り込んでくるんだ。


「いい場所だろう。」

君とゆっくり過ごせる場所はないかなと探していて同僚に教えてもらったんだ、と付け加えられた言葉と共にさらに引き寄せられた。彼が着ているであろうコートも冷えていて、ところどころ雪が積もっていて冷たい筈なのに、それでも、触れられた部分がじんと熱くなるのを感じる。

言葉が出ない。頭上で呟かれる心地よい声色になんと返したらいいか分からなくて。どんどん身体が堅くなるのが自分でも分かる。両腕に埋めた頭が重い。僕の髪に頬を寄せてシュバルツが唇を寄せるのを感じる。

どうしよう。
この人が来た驚きと認めたくない感情で沸騰しそうに沸き立つ気持ちを早く静めないと。馬鹿みたいに身体が言うことを聞かない。思わずぶるりと震えた身体をさらに強く抱きしめられた。痛い、やっと開いた口から吐き出せた僕の言葉に、彼が苦笑しているのが振動で分かる。

「部屋の暖炉を付けたぞ、入ろう」

耳元で呟かれた声にまた身体を震わされて。おそるおそる上げるといつの間にか薄暗くなっていた街にぽつぽつ光りが灯り始めて、長い時間このバルコニーにいたのだなと気づく。とって引かれた目の前の人の掌が冷たい。ああ、本当にこの人は来たんだな。そうぼんやりと見つめた金色の髪に白い雪が積もっているのを見て、なんだか胸が締付けられる。どうして、来たの?ぎゅうぎゅうと何かが心臓を掴んでる。手を引かれてやっとガラクタの身体が動きだしたがまだ心臓が凍りついたままみたいだ。


今日、シュバルツ家の大きな出来事があることを、僕は知っていた。

お見合いだ。

いわゆる政略結婚のお膳立て。シュバルツの部屋を訪れた時に見た。変に几帳面なあの人らしくない、引き出しからはみ出た書類の間にあった。見合い相手の写真と日時。12月31日の午後6時から、ガイガロスの高級ホテルレストラン『シャルル・クーゼ』にて。相手は僕には関係ないがこの人の相手として選出された女だ(名門シュバルツ家へのお見合い相手となれば候補者は後を立たないと聞いたことがあった、どこぞやの名門貴族か皇族の親戚といったあたりだろう。見てみぬふりをしたその写真達を僕は机の奥に押し込んだ。この時決めた、もう終わる準備をしなければ、と。ポケットに入れていた渡された名刺。一度それを握り締めて捨てようと思ったが、この人と出会って僕はネジが飛んでしまったんだ、またそれをポケットに突っ込んだ。


だから、今日わざと早く来てやったのに。

あなたを待つ寂しさと、何かが欠けていくであろう苦しさを自分自身に刻み込みたかった。
あの時に目が覚めたんだ。この人は僕なんかと一緒にいたらいけない人なんだと。僕は気落ちのいい夢を見ていて、それはどこかにいるんだろう神様って人のご褒美だったんだ。近づいていく終わりの時間を自分から迎えたかった。


それなのに、

どうしてこんな早く来るんだよ。


「…もう、来ないのかと思った」

貴方は僕が知らないと分かってたけど、ありったけの皮肉を込めようとして呟いた言葉が、宙を舞った。崩れ落ちそうになるなけなしの気持ちが溢れて、自分が思っている以上に情けない声が部屋に響いた。こんな時はこの静けさが嫌いだ。

「私が来なければ君がこうやって外にいて風邪を引くんじゃないかって思ってね」

顔は見えずとも背中で貴方が苦笑してるのを感じる。僕のこんな気持ちすら読まれているのかもしれない。離さないとでも言うようにさらにぎゅっと握られた氷のような手に、冷えてるのは貴方のほうなんだろって、目の前の男に言いたくなる。走ってきたのかな。急いで、きたのかな。そんな浮ついた考えが溢れ出てくる。だめだやめろ、期待するな、思考を掻き消すようにまた小さくかぶりを振って引かれる手に身を任せる。僕とつないだ手と反対の手で器用に窓を閉めて鍵をかけると、パチパチなる暖炉の傍まで連れていかれる。そのまま暖炉の前にあるカーペットに座らされて、脱がされたコートを丁寧に自分のものと一緒にハンガーにかけていった。コートを脱いだ中に着ていた服がシャツとカーキ色のズボンとラフな格好だったことに、まさかと思う。


壁にかけられた時計に目線だけ向けると6時30分を回ったところだ。今頃感覚が戻ってきたのか、異様な寒さが身体を襲って壊れた機械のように小さく身体が震え出すのを抑えることができない。バスルームからタオルをもって現れたシュバルツが僕の横に腰をおろした。

「ずっとあそこにいたのか?」

いつも言ってるが君は自分の身体をもっと大事にするべきだよ、そう言って頬に添えられたほんのり暖かい。そのまま屈んで覗き込んで来る瞳を見つめることができなくて目を逸らした。どうしてここに?あの見合いは?聞きたいことがありすぎて頭が整理できなくなるが口を開けば思いもよらない言葉を口走りそうで、それを微かに残るプライドが邪魔をする。

座り込んだ暖炉の熱で雪が溶けてひんやりと髪が湿っていく。白い生地が視界を覆った。タオルで頭を軽く拭かれるとふわふわとした石鹸の匂いがする。その手つきがとても優しくて、ふとまたあの眠気が襲うように頭がぼおっとしてくる。暖炉の熱で頭も溶け出してきたのだろうか。馬鹿みたいに震えてた肩の力が抜けて、カチカチとなる奥歯も落ち着く。やっと正常な思考に戻ってきたみたいだ。ずっと単調に僕の髪や身体を拭シュバルツの手が、なぜか優しくて、思わず口が開く。すっぽりと表情まで白い生地に覆われた今なら、聞ける気がした。


「行かなかったの…?」

どこへ。ああそうだ、このお見合いのことも僕が知ってることをこの人は知らないんだ。
何言ってるんだろう、僕。まだ頭がおかしいのかな。なんて、思考がめぐる中それでも放った言葉を回収する気力もなかった。

この人の手は相変わらず優しくて、沈黙が部屋を取り囲んだ。しばらくして耳元の髪を拭く手がゆっくり降ろされて、顔が外気に触れ出す。そこから現れた優しいエメラルドグリーンの瞳。困ったように眉を下げて微笑む表情に胸の奥がきりきりする。それとも僕もよっぽど情けない顔をしているのだろうか。

タオルで身体を包まれて頭をそっと撫でられる。パチパチとなる暖炉の火花が部屋に響いていく。その静けさが胸に痛い。耳たぶに触れられて、そこから首筋をゆっくりと形のいい指が撫でる。その手つきと瞳が僕を包みこむ。


全部、分かってたのかな。


身体がどんどん暖かくなって、どうしようもない程胸が締め付けられる。さっきとはまた違った胸の痛みだった。暖炉の熱に僕の中の何かが溶かされたのだろうか。ジワリと瞳の奥にこみ上げてくる。


「待たせてすまなかったな」

頭を軽く梳かれて、もうだめだと思った。

言葉が出てこない。

いつも、貴方は僕に甘い。
どろどろに甘やかされて、溶け出して元の形に戻れなくなってしまいそうだ。だから全て身をゆだねる事ができない。こんなに胸が苦しいのも、熱を持ち始める身体も、全部、全部、貴方のせいだ。

思わず睨み付けてしまいそうになるが、それもきっと無駄なんだろう。

きっと今にもあふれ出しそうな感情は目の前のこの人にはばれているんだろうし、いつの間にか掴まれた手首が熱を運んできてもうどうしようもなくなってしまった自分がいる。

首筋に添えられた手にそのまま頭を引き寄せられて、形のよい唇が僕の唇に触れる。

熱くて、そこから溶け出してしまいそう。いや、もう溶け出しているのかもしれない。堅くなった身体も、心も、溶かしたのは貴方だった。
さらなる熱を求めて僕は身をゆだねた。










melting snow ....end



終われー!!
年越しスバレイでした。
シュバルツはモテオ(モテ男ですのでガイガロスの貴族間では有名で人気者なんですよね、それで独身とあればお見合い話も引っ切り無しin マイ設定)。そこで舞い込んできたお見合い話!シュバルツも実はレイヴンが写真を見ているのをなんとなく感じとってるんですよね。レイヴンはレイヴンで傷つく前にもう身を引いてしまいたい、それでも離れれないっていう悪連鎖を嫌がります。それでも、変な確信があったんです。兄さんはきてくれるっていう。でもその変な確信が更に嫌で、さらにその通りに来るスバ兄さんに本当に嬉しいんですけどその気持ちを認めたくないんです。もう傷つきたくないから…。でもそれもひっくるめて兄さんは分かってるんです!っていうオチです。
駄文ですが最後まで読んでくださってありがとうございました…!

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