小説庫

□ No way to Say
1ページ/1ページ

拍手2作目です☆



『 No way to Say 』





「好きなんだ」
何を言ってるの?
「絶対大切にするから」
そんなこと、聞きたくない。



深い紫色の瞳が大きくしばたかせれば、本来彼が持っている造形の美しさが素直に顕れる。悪態を取り除けば、彼は冷たく整った美貌を備えている。いつも妖艶な笑みを浮かべていた彼の見たことのない姿に、トーマは動揺を隠すことができない。
自分の気持ちが正しく伝わればいい。しかしそれはレイヴンにとってひとつの強要、ひとつの脅迫でしかない。トーマとは対照的に、レイヴンはぎくりと顔を強張らせた。白い美貌は青さを増した。
「お、おまえ、何言ってるの」
言葉に怯えて、レイヴンはさして広くはない寝台の上を後ずさった。シーツに細かい波を作りながら交互に動く白い四肢はしなやかで、その分刻まれた幾つもの古傷が哀れだった。若い頃から争いとともにあった彼であるから傷が絶えないのはわかるが、癒え切らない痣やそのまま色素が沈殿してしまった古い痣は、戦いによってではなく、彼の悲しい過去を物語る跡だった。今もこうして抱かれた事、かつての大人達と同じものとしてレイヴンの一つの傷跡となっていくのだろうかと、トーマは胸を痛めた。
「好き、なんだ」
そいつらとは違う。そう訴えたくて、哀切と訴えてみたが、トーマの告白にレイヴンはたじろぐばかりだ。痩せた体を隅で抱えると、彼はトーマの言葉を拒んで顔を膝に埋めた。骨の浮いた体では、自分の体も抱きにくかろう。
「なぁ、わからないか?」
トーマの問いは艶やかな黒髪を滑って地に落ちた。いつもは愛しい美しい髪も、反応の芳しくないレイヴンに焦れて少し憎らしく映る。サラサラ、それに却って苛々する。
「僕はただ、おまえを大事にしたいんだ」
氷のように冷たいあの人とは違って。

――――なぜなら今日レイヴンをここに寄越したのは兄さんなのだから。

レイヴンはくしゃりと顔を歪めて、フルフルと首を振った。
「や…だ……」
返ってきた声のか細さにトーマが慌てて耳を寄せると、レイヴンは繰り返す。
「聞きたくない…」
レイヴンは逃げ場のない体を、それでもぐいぐい壁に押し付ける。
「わからない、わからないよ……。僕はあの人がここに行けって言うから来ただけ…もう、終わったんなら、帰してよ……」
レイヴンは言葉を知らないのではない。人に大事と言われる意味を、シュバルツ以外の人間から与えられる全てのものを、認めたくないだけだ。それが自分を慈しむものであれば尚更、レイヴンは混乱する。最も己に縁遠いと思っている感情に戸惑う。もし他のものを手にしたら、シュバルツが手から離れていくのではと考えて怖れている。それがトーマは歯痒かった。
「なんでだよ…っ!」
「あっ!」
トーマはレイヴンの肩を強く掴んだ。本当に同じ性なのかと疑う程細くて、小さくすべらか、なにより淫らな裸の肩だ。
「ここにお前を寄越したのは兄さんだ!兄さんは、お前をぼくにくれるって言った。犬猫をやるよりずっと簡単に!」
トーマは、カールからレイヴンを請い受けたのだ。

戦争後、レイヴンはガーディアンフォースに入隊した。カールの保護下に置かれるという条件つきで。トーマはレイヴンに恋をしていた。初めて見た時から、その姿に心奪われていたのかもしれない。カールとレイヴンがただ同じ軍にいたという関係以上だとは時間とともに感じとっていった。
浮かべて所詮トーマは優秀な兄であるカールの弟に過ぎず、その兄と強い絆で結ばれている人を取り合うことすら出来る立場になかった。しかし、カールはトーマの想いに気付いていた。
『別にかまわない。欲しいというならやろう』
わずかに惜しむそぶりすらない。



「お前は兄さんに言われたからぼくと寝たのか?また戻れると思ってる?」
行為の名残に痺れた体、朦朧とした頭でありながら、レイヴンはなけなしの体力で寝台から飛び降りると、扉に縋った。彼の中に愛しさをこめてトーマが注いだものは虚しく流れ出て、脚を伝い落ち、床に滴った。
「シュバルツ……シュバルツ……」
トーマの声が聞こえないのか、レイヴンは細い指で閉ざされた扉に縋った。ドアノブをカチャカチャと開けようとする音はこそばゆいだけで、鍵のかかった扉には無力だ。
「シュバルツ……ッ、ちゃんと、ぼく言うこときいたよ……?」
白い面に涙を流しながらレイヴンはカールを呼び続けた。
「なぁ、そんなに兄さんがいいのかよ」
トーマの妙に空ろな、沈んだ声も耳に入らないのか、レイヴンは帰りたいと繰り返し、しまいには語尾にすすり泣きが混ざった。
「なあ」
鼻を啜る音が聞くに堪えなくなって、トーマはやおら黒の頭髪を掴んだ。


トーマは知っていた。いつも人を馬鹿にしたような、それでいてトーマにとっては艶のある妖艶な笑みをはりつけてるレイヴンが、
兄さんの前ではどこか寂しそうに、嬉しそうにその目元を和らげるのを。

本当にに欲しいものは、
全て兄さんが持っている。

「レイヴン! そんなにあいつがいいのかって聞いてるんだ!」
「あっ!」
突然の爆発的な声に、レイヴンがビクリと振り返ると、たちまちむんずと髪を掴まれて、部屋の真ん中まで引っ立てられた。さほど広くない部屋でも、髪を支点に引き摺られれば、頭皮が剥がれてしまいそうに痛い。痛みに詰まった喉で呻くが、開放されたそばからレイヴンの痩躯は強かに床に打ちつけられた。
「ぼくと寝たのも、命令だからからで、兄さんに言われたらなんでもするのか!?」
「ひっ、ああっ!」
トーマが手を離すと、絹糸のような黒髪が散って体を覆った。身を震わすレイヴンの身体を流れる。
目の前で、床にくたくたと伸びている肢体を見れば、やりきれなさにどうしようもなく怒りを覚えた。
「兄さんなら、なんでも許すのかよ!」
掴まれた肌は主の意思とは無関係にトーマの掌を吸いつけた。レイヴン自身、己の性分に反して艶めく過剰な身体を疎ましく持て余しているかもしれないが、陶器の白さ冷たさ、艶やかさ、とにかく触り心地の良い見事な肌は、トーマの怒りを否応なく煽った。振り上げた拳にぎゅっと目を瞑り歯を食いしばるのを見れば、振り下ろされる拳に、逆に一層力と速度が加わった。


それから、トーマの記憶がない。気付けば、心配そうに(それでいて強張った顔で)アーバインが顔を覗き込んでいた。
「トーマ、落ち着いたか?」
「あ、あぁ」
ゆっくり見渡すと、ごちゃごちゃと物の置かれた部屋は、どうやらアーバインの部屋らしい。
「あいつは…レイヴンは、」
自分がアーバインの部屋に連れてこられたということは、レイヴンも誰かによって処置されたであろう。だが、こんな時でさえ、裸の、彼を誰かが目にして触れたかと思うと、トーマの腹は嫉妬に熱くなるのであった。アーバインはそんなトーマを察したのか、温かいカプチーノを差し出した。
「少し落ち着け」
大人しく受け取り、時間をかけて飲み干すと、改めてトーマはレイヴンの所在を尋ねた。アーバインは答えを渋ったが、詰めていた息と共に一言だけ吐き出した。
「手当てを受けて寝てる」
ガーディアンフォースの本部は下手なホテルよりよほど立派だ。部屋数も多く、そのいずれかにレイヴンは寝かせられてい るのだろう。 カップを戻し、トーマは頭を抱えた。
「ほんと、だめだ……」
「トーマ…」
「あいつ、全然僕のことを見てなかった。…あの人の、兄さんのことばかり言って、そしてら怒りでどうにかなりそうになって、つい…」
トーマはこめかみや目頭を押して、ごしごしと顔を両手で擦った。未だ朦朧と醒めきらぬ意識を懸命に戻そうとする。自分でも正気でやったことと思えないのだろう。

「どうやらこの取引は成立しなかったようだな」
突如聞こえた声に、トーマが抱えていた頭を上げると、戸口に兄であるカールが凭れかかって立っていた。

「兄さん…」
喘ぐように名を呼んだトーマを、美しい緑色と真逆の冷ややかな目が射抜く。

トーマは気付く。
こんな時でも、この兄は怖いほどきれいだ。

「お前、こうなること分かってたな…」
冷ややかな目で睨むアーバインが問う。カールの顔を見れずに蒼白な顔のトーマが何よりの答えで、カールは口の端をわずかに挙げて微笑んだ。
どこまでも敗北が似合わないのが兄だ。実際、トーマとの勝負において、カールは勝者であった。
「レイヴンが世話になったようだな。引き取って行く」
「だめだ!」
アーバインが何事か言うより早く、トーマは弾かれたように立ち上がった。
「トーマ……」
「それはだめだ、あいつは兄さんの元には返さない…!」
落ち着くようにアーバインが目配せするが、高揚したトーマには目に入らない。
「兄さん…あなたはあいつが自分しか見てないってわかってましたよね。なのに、試すような真似して僕に寄越した。僕じゃない、あいつを試したんだ。あいつがどんなに傷付くかもわかってて…そんなあなたに、僕は…」
弟から兄への抵抗だった。初めてかもしれない。いつも優秀で自分より一歩前に出ていた兄。誰からも愛され、尊敬された、そんな兄への抵抗に手が震えた。震える手を、心を鼓舞するように拳をギュッとにぎる。

そんな弟をカールは穏やかな表情で見つめた。

「私はアーバインから呼ばれて来ただけだ」
トーマがとっさにアーバインに視線を送る。
「…レイヴンが、あんまりうわ言でシュバルツを呼ぶから、来て貰ったんだ」
アーバインはトーマを見据えてつぶやく。言葉に詰まった。勝敗は決まっていた。

「…そういうことだ」
しかし、カールは自分が呼ばれることを予想していたのだろう。そこまで予期していたからこそ、カールはトーマの要求にのってみせたのだ。
トーマが何も言わないでいると、カールは用は済んだとばかりに背を向けた。

暫くして、トーマは、窓の外に本部を出て行こうとする人影を見た。部下の目前にもかかわらず、カールは憚ることなく自らレイヴンを抱えていた。
カールはレイヴンを横抱きしたまま後部座席に乗り込んだが、眠るレイヴンを見守るカールの顔の稜線は、これまでトーマが想像したどの顔とも違っていた。時に非情な手段を以ってしても己への愛を確かめられずにいられぬ男の、満足した顔であった。








-----end------


ついにやってしまいました(>_<)
妄想シュバレイ←トマはこんな感じです…(トーマ好きの方は本当に申し訳ありません…)

レイヴンは自分をライバル視するトーマによくちょっかいをかけます。トーマはトーマで兄さんをとられまいとレイヴンにやたらつっかかります。でもどこか余裕な表情なレイヴンにドキマギするトマ(・_・|兄さんはそんなトマに気付きながらも自分に従順なレイヴンを知ってるので余裕なんです(´∀`)


妄想を文章にしてみてとても楽しかったです…。何かリクがあればどうぞコメントよろしくお願いします。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ