小説庫

□No body knows
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No Body Knows


銃声が聞こえる。
年に似つかわしくない、銃を使う手つき。引き金を引けば的のほぼ真ん中を正確に打ち抜いてゆく。

同じぐらいの歳だろうか、とシュバルツはぼんやりと弟のことを思い出す。今日は学校でこれができたあんなことがあっただの、いつも自分に嬉しそうに話してくる弟。
いつも自分の服をぎゅっと掴む、その小さな手とほとんど同じ手が銃を扱い、的にむかって躊躇なく引き金を引く姿を、シュバルツは窓ガラス越しに遠くから見つめていた。
最近この演習場でよく見かけるのだ。黒髪で右頬に赤いフェイスマーク、見るからに15歳にもみたないであろう小さな身体。帝国軍、そしてその関係者ぐらいしか通らないこのガイガロス演習場でこの歳の子どもがいるのは嫌でも目についた。






「演習ですか?」
秋の涼しい夕方、任務完了報告をし終えたシュバルツの声が執務室に響く。
シュバルツはその任務内容を聞いて、1ヵ月間ぶりに戻った帝都の基地前に配備されていた、警備にしては異様に多いゴジラスの数を思い出す。あれはその為か。
「週末にな。この演習場のA地区とB地区全てを使う」
大掛かりなものになりそうだ、と資料に目を通しながらバース大佐は呟やいた。
「A地区とB地区を使うということはゾイドもかなりの量を使うのでしょうね。…こんないつ戦闘があるか分からない状態の時にそんな大掛かりな」
現在へリック・ガイロス両国の争いは緊迫状態であり、帝都ガイガロスも警戒態勢中だった。
その中でこのような大規模な演習を行なうということは危険なことだった。帝都の警備も手薄になる他その演習中にもし何か事があればタダではすまない。
新型ゾイドの実験演習もなかなか行なわれない中で異例の演習計画だった。
「こんな時だから…かもしれないな」
「…?、それは、どういう意味ですか」
「今回はただの演習じゃあない、軍としてでなく一機のセイバータイガーのデータ採取の為の演習だ」
しかもプロイツェン閣下たっての指令だそうだ、そう付け足して大佐はシュバルツを見据えた。
「その為に50体ものゾイドを使うというのですか?」
セイバータイガーはもうデータも揃って陸上戦闘用ゾイドとして投入も決まっているはず、シュバルツは思わず声を大きくした。
あまりにも馬鹿げている話だった。この緊迫状態の中どうしてゾイド一体のデータ採取の為にそのような大掛かりな演習が行なわれるのか。
バース大佐も痺れを切らしたように話し出す。
「お前にはその演習の指揮と監修を任せたいのだ。かなり大掛かりな演習だ。信頼できる者に任せたい。何しろこの演習…、お前なら勘付いているだろうがかなり危険なものになりそうだ」

「…そのゾイドにはあるゾイドパイロットが乗っている」
極秘事項だがお前には伝えておこう。ザック大佐は座っていた椅子の背凭れから背中を離し、机に両肘を着いた。重い口を開けて呟いた事実は衝撃的なものだった。

このゾイドのデータ採取の演習はこのガイガロス演習所が初めてではないのだという、ガイガロスより遠く離れたカンパーニュ地方の砂漠基地でも一ヶ月前にも同じパイロットによって行なわれたのだという。
そこでは対10機のゾイドと今回のセイバータイガーとの対戦演習だったという。
その演習は1時間も満たない時間で終了、10機が全壊したのだ。煙った中でセイバーターガーだけが無傷でその場に立っていたという。
その演習で対戦したゾイドはもう完全に壊滅させられ、さらにパイロットに負傷者も出るという結果に終わった。対戦したゾイド10機の中には装甲部隊に所属する兵もいた。その者ですら太刀打ちすることが不可能だったのだ。
後でシュバルツ自身も呼んだ報告書の内容はひどいものだった、ゾイド10機全機が全て足や胴体、を破壊され戦闘不能、再起不能になるまで徹底的に破壊されたという。そのパイロットは中にのるパイロットにさえ危害を加えようとしたのだと、赤裸々に報告書には綴られていた。
普段演習でそこまでの内容はご法度のことだ。演習で死人が出るのはもはや事故では済まない。しかしそこでそのパイロットが何の咎めも受けずにこうしてまたガイガロスでさらに大規模な演習を行なおうとしているのはプロイツェンの手回しがあったからだ。
これはゾイドのデータ採取の為だけの演習でないのは明らかだった。本格的に戦闘状況を作り出し、1人で戦う為の演習。つまりそのセイバーターガーに乗るパイロットの為の演習だった。

厄介なことになりそうだ、あの男の口隅を上げた笑いを想い浮かべながらシュバルツは心の中で呟いた。

「一体そのパイロットとは…」

「…14歳の少年だ。名前はレイヴン。それ以外は不明だ。」
14歳、シュバルツはそう聞いてピンとくるものがあった。最近基地で時々見る、あの黒髪の。小さな手で歳に似つかない銃を握り締めた、あの少年。

「わざわざ森エリアと山地エリアを含むAB地区を指定してきている、今回の演習…負傷者は免れない。それを最小限に食い止めて欲しいのだ」
肘を着いて組んだ手の甲に顔を寄せてシュバルツを見据えるバース大佐の瞳は真剣だ。シュバルツは何か心に取っ掛かりを感じていた。
「…了解しました。」




あの少年が。
あんなに小さな子が、ゾイドを。
≪____10機が全壊だった≫

シュバルツは後ろ手で執務室のドアを閉めながら様々な言葉を反芻していた。
信じられない。自分自身ゾイドに乗ったのは軍に入ってからだった、それより5歳以上も年下の少年がゾイドに乗り、ゾイドを10機を相手にそれを破壊するほどの力を持っていること。
後ろ姿だけ今日もまたあの射撃場で見た。夢中になっているのだろうか、いつもひらすら無心のように打ち続ける少年の背中を眺めることが多かった。

ただの遊びなのだろうか。銃を打つことも。ゾイドに乗ることも。
それともーーーーー。



あの小さな身体で、

一体どんな経験をしてきたのだろうか。



...
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