小説庫
□Precious one
1ページ/3ページ
寒い風がマントを舞い上げる。レイヴンは焼け野原を1人歩いていた。
レンガや木片、もともと家や建物だった破片が身体に当たり、レイヴンはマントを鼻上まで引き上げる。
この強い風が、辺りに広がる惨劇の跡を全て消し去ってくれたらいいのに、
瓦礫を踏みしめながらレイヴンはふと思った。
帝都ガイガロスの中心部より、西へ200キロほど向かうと着く村。その村が今回のターゲットだった。
……
≪ザーグ村、データはセイバータイガーに送ってある≫
プロイツェンの顔が壁に映し出され、通信機で会話をする。
≪それが今回のターゲットだ≫
顔も見たくない人をこんなに大きく見せられて、レイヴンは嫌悪感で胸がムカムカしていた。
「…それで、何をすればいいの」
≪引退した帝国元軍人大佐がこの村にいる。そやつが持つ帝国の重要機密事項のテープ、今度の軍事会議でとても大きな影響をもたらすものなのだ。≫
どうせ自分何か都合の悪いものなのだろう。
≪それを消してこい、男ごと、村ごとな≫
またその手の任務か
「…了解しました」
≪決行は3日以内。あの地域は砂嵐がひどい、テーゲット以外にゾイド乗りも幾人かいるが…お前の足元にも及ばないだろう≫
≪みな殺しにしてこい≫
そう付け加えて通信は切れた。
「………」
お前の足元にも及ばない、なんて、よく言うよ。
前も同じような任務をした。同じような台詞を聞いて出撃した村で、空中戦闘用ゾイドや地中式ゾイドが登場して死に掛けた。なんとかシャドーを使って撃退したが機体も損傷して自分自身も深手を負った。
この男には僕がどうなろうと関係ないんだ。
返り討ちにあおうが、いなくなろうが、それはそれでコマが一つ減る、ただそれだけの存在。
心の底からこの卑怯で汚い人間だと思うが、そんな奴のいいように付き従っている僕はそれ以下。
壊れてガラクタになるまで、踊り続けるしかない。
「レイヴン」
テントに手をかけた時に覗いた太陽が眩しい。
目を細めながらテントを出ると、シュバルツが入り口に背をもたれて立っていた。
スラっとした長身が深い紫の軍服を纏う。シュバルツは組んでいた腕をほどき、まっすぐにレイヴンの瞳をみやる。
「君もこの基地に来ていたのか」
今外の探索に出ていたのだが戻ったら外にセイバータイガーがあって驚いたよ、そうシュバルツは微笑みかける。
「うん、この近くで、ちょっとね。あなたは何?この近くで任務なの?」
人に興味を持たない小さな子どもが皮肉以外で質問を問いかけることがよほど珍しかったのか、
嬉しかったのか、
少し目を開いてシュバルツは応える。
こんな表情を見せてくれるのはこの星でこの人だけだろう。
「ああ、この地域の周囲に特殊な磁場が生じていてね。帝都のゾイドへの影響を懸念してその調査に来たんだ。君はここで何を?」
「今新しい任務を通知されたところ。近くを通っていたんだけど、その磁場?の影響か受信していた通信をキャッチできなくて、ここに来たってわけ」
「やはり色んなところで影響を残しているようだな。この2日ずっと砂漠に出ていたんだが原因も不明でね。いい加減休まないと身ももたないので帰還したが…早く原因だけでも掴まないとな・・・」
「…少佐ともあろう人がそんな任務もするんだね。」
そういうのは下っ端の仕事なんじゃないの?と付け加えるレイヴンにシュバルツは苦笑する。
「そうだな…、今は人員も不足しているし、私も本部で部下からの報告だけを待つのは生に合わないらしい」
それに、
「この基地の近くの村にに私の親戚もいるのでね。休暇ついでに顔を見せにいこうかとも思っているんだ。」
そう付け加えたシュバルツにレイヴンが目少し細める。
近くの村…まさかね
「…へぇ…それ、なんて村なの?」
「ザーグ村。自然も多くて、綺麗な町だよ」
そのまさか。
神様(呼んだことも祈ったことなんてないけど)はなんて残酷。
自分が壊していくものにこの人の関係するものが入ってくる。
一気に何か重いものが身体に圧し掛かる感覚をレイヴンは覚えた。
「村の中心に教会があるんだ。100年以上前に作られたものでね、戦争も経験しても残ってる。小さい頃によく行ったものだ。」
―――まぶしい。
太陽なのか、シュバルツの微笑みなのか。
レイヴンはその太陽のような髪を見て、シュバルツをなんだか遠くに感じた。
「……」
何も言わずに大人しくなったレイヴンをシュバルツはもといたテントにすばやく押し込んだ。
レイヴンは戸惑いつつそれに従う。こうなったこの人に何を言っても無駄だと、これまでの経験上レイヴンが得たシュバルツに関しての新しい知識だった。
テントの中にある先ほど通信に使っていた机にシュバルツは腰かけ、被っていた帽子をとって机に置いた。
黙りこんだレイヴンの両手をとって自分の腰掛けた足と足の間に引き寄せる。
「君が考えていることは分かるよ。」
目を合わせようとしないレイヴンの顔を覗き込み、前髪を掻き揚げ、その額にキスをした。
「……」
「君はいつも言いたくないことがあれば黙りこむね」
前みたいにスルリと逃げられるよりは心を開いてくれているのかな、シュバルツはレイヴンの伏せる目線を追いながらふと思う。
「あなたには関係ない」
「レイヴン、待って」
「…あなたも今こんなことしてていいのかよ」
「こんなことって、」
頬を赤らめたレイヴンに、シュバルツは少し意地の悪い微笑みを浮かべた。
「こういう事ですか?」
そのまま今度は右頬にキスをする。レイヴンの身体がどんどん固くなっていくのを腕を回した細い腰によって気付く。
「…君と会えることなんて滅多にないんだ。君と会った時ぐらい君に触れてもよいだろう」
「、…」
もうダメだ、
額と額をつけてふいに真剣な瞳でレイヴンを覗きこむシュバルツに、レイヴンは眩暈がする。
再び何も言わなくなってしまったレイヴンにちゅっと音を立てながら左頬、鼻へと形のよい唇が吸い付く。
目尻にキスをしてレイヴンがきゅっと目を瞑る。その白い頬がほんのり赤く染まっていく。
こんな優しい愛撫に慣れていない、どんどん固くなる身体を、
シュバルツは愛しいと思う。
「どうせ、抵抗したってあなたはするんでしょう?」
「…正解です」
最後に唇に、今度はすぐ離れるだけのキスでなく、優しく絡めとるようなキス。
レイヴンは目を閉じて、その感触と、さらに引き寄せられる力強い腕に、身を任せた。
――――こんな関係になって数ヶ月。
この人といるとまるで何かに包まれているような感覚になる。
眠りに誘われるように、どこかに落ちてしまいそう。そんな心地よさ。
どんなに身体を繋げることより、キスがこんな気持ちにいいことを知った。
この人の温い毛布のような優しさに包まれると頭の片隅にサイレンが鳴る。
これ以上落ちてはだめだ。これ以上知ったらダメだ。戻れなくなる。二度と抜け出せなくなる。
目を閉じて太陽のような匂いに満たされて、これ以上満たされたら。溢れ出てしまうのではないか。
だってこんな触れられ方、知らない。
こんなキスのされ方、知らない。
こんな愛され方、知らない。
僕はすべてを壊す為に僕は生まれた。
ゾイド、人の身体、信頼、きずな、約束。
奪う度に、ヒトである自分の一部が少しずつ剥ぎ取られていく。
今までもそうだし、これからもそうだ。
人の欲望と醜さに触れ、人もゾイドも躊躇わず殺してきた。
『レイヴン』
でもあなたはそんな僕に優しくしてくれる。怒ってくれる。ほんとは悪い子なのに。
こうして抱きしめられるぬくもり、冷たいガラクタのような身体に火が灯る。
そうやって一瞬でも思えるんだ。
僕、まだヒトなんだって。
まだ生きていていいんだって。
まだ、ひとりぼっちじゃないんだって。
でも、あなたと僕はカードの表裏のようだ。
近いようで、一生交わることはできない。
手をどんなに伸ばしても、僕には掴むことができないんだ。
あなたといると普段味わう感覚が違いすぎて、今が夢なのか、現実なのか、どっちがどっちなのか分からなくなる。
だからこそそれを混同したくなかった。今回の任務は決定的だった。
ついに夢と現実の境界線が交わる。
あなたは僕を憎むかな?
…