小説庫

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「演習終わりー!!」
軍の指揮を取るために笛を鳴らす。
「戦闘はいつ起こるか分からない!各自用意しておくように!!」
街一つを貸しきっての大掛かりの演習。戦闘中にも関わらず、街は穏やかな雰囲気に包まれている。争いとは似つかない街での演習は郊外にある砂漠で行なわれた。


マルクスはイライラしていた。プロイツェンによる言葉を信じ、シュバルツ以上に手柄を上げようとした結果だった。クロノス砦を落とす作戦も失敗し、モルガ部隊半数全滅の失態によりマルクスはまたシュバルツの部下に戻された。
次の戦いに向けての指揮をとる上官であるシュバルツはその日不在だった。いつ戦闘態勢に入るかわシュバルツ次第、そのシュバルツからの演習の取り仕切りの命令、自分の気持ちを知ってからか血の気の多い自身の気持ちを抑えるかのように命令された今回の演習だった。
街には待機場所にと大きな屋敷が宛がわれている。本来なら自分1人で使うはずだった屋敷、今日はシュバルツが不在である為マルクスも使用していた。

「クソ…シュバルツめ…」
前回の戦いで失敗し、大きな恥をかいた。マルクスとシュバルツは正確にはわからないがマルクスの方が1か2歳年上だった。いつも冷静沈着、性格も横暴な素振りを見せず部下からの人望も厚い、さらに容姿端麗の青年将校を思い浮かべてさらに苦虫を噛んだように顔を歪める。
「いつか恥をかかせてやる…」
あの冷静な面に焦りと不安と焦燥感を与えたい。
どこぞの街で次の戦闘での策を練っているであろう少佐は今日は帰らないと聞いている。
マルクスはヅカヅカと屋敷に入ると二階に上がり、彼が明日から使うであろう書斎の扉を荒々しく開けた。戦争でどこぞやに避難した貴族の家なのだろうか、上にはシャンデリアとレトロな家具が部屋を占める。そのままどっかりと書斎の椅子に座り、デスクに足を乗せてくつろぎ、いつか自分がここに座るのだという想いを満喫していた。
















いつの間にかマルクスはそのまま眠りについていたようだ。
もう4時頃だろうか。夕日が窓から差し込み、部屋が西日により赤く染まっていた。


ふとトントンと階段を登る音が聞こえる。マルクスはビクッと身体を起こし、机の上で組んでいた足をどけた。

「…?」
少佐ではない。
大人の男の足音にしては軽い。女か子どもの足音だ。


子どもとピンときて、あの子どもが頭をよぎる。
子どもとは似つかない瞳と口調をするあの子どもが思いついた。

もしそうだとしたら、なぜあいつがここに?

足音は階段を上がりきると立ち止まり、廊下を静かに歩く。その軽い足音が消えた。−−−どこぞやの部屋に入ったようだ。

マルクスも寝ていて固まってしまった身体をゆっくりと椅子から立ち上がらせる。そのままゆっくりと書斎を出た。

書斎を出るといくつか見える扉、その中の開いている扉を戸から覗く。
奴はいた。
レイヴンだ。

何かを探すようにキョロキョロと部屋を見渡している。
その瞳はいつも人を小馬鹿にしたような小憎たらしい瞳ではなく、
まるで何か玩具を探すような子どもそのもの。


「おい」
ふいに背後から声をかけられたからだろうか、その小さな背中がビクっと震えた。
大きな紫の瞳がマルクスを捉える。
普段から大きな瞳をさらに大きくさせてレイヴンはマルクスを見つめた。
「なんだ…あんたか」
西日がとても眩しい。

「マルクス中尉と呼べ。お前、なぜここにいる」

端整な顔の眉間に皺が寄せ、目をそらされる。
「…あんたには関係ないだろ。」
どーしてあんたに言わなきゃならないんだい、と不機嫌そうに呟いた。

「どうしてあんたがここにいるんだよ」
「今日はシュバルツ大佐が不在の為、俺がここに滞在するのだ」
あ、そうと言葉にはならない言葉を呟き、レイヴンは興味がなさそうに窓に目を向けた。


なぜレイヴンがここに…
どうでもいい事だがここまで考えた後にピンとある考えが頭をめぐった。


―――シュバルツ少佐だ。


レイヴンがシュバルツの噂は耳にしたことがあった。
レイヴンはシュバルツの色だという噂だ。

プロイツェンの傭兵であるレイヴン。それも噂によるとただの傭兵でないのだという。小さい頃にプロイツェンに養子として引き取られてからというもの、ゾイド乗りとしての技術の訓練や兵法のみでなく、――その色として手篭めにされてきたという。
そのプロイツェンの”私物”に手を出したとあればただでは置かれない。本来シュバルツはこのような首都から離れた遠方で軍を率いているべき存在ではない。シュバルツ家の長男、そして容姿端麗、冷静沈着で切れ者。かつて王家の守護隊への推薦の話もあったと聞く。今回いわば捨て駒とされる任務についたのもその件が関わっているという噂もある。


「シュバルツ少佐を探しているのか」
「……あんたには、関係ないね。」
目を反らして、理由を言うのがめんどくさいとでも言うように冷たく言い放つ。

こうして向かい合うとまだ15歳にも満たない子ども。
この子どもがシュバルツを−−。
真っ白な肌と、大きな紫の瞳。漆黒の髪がさらにその肌を引き立たせる。端麗に整った顔と華奢な身体は少女と間違われてもおかしくない容姿。14歳とは思えぬ艶めいた雰囲気を漂わせている。

その色香にシュバルツもやられたか。それともプロイツェンの私物に興味を持ったか。



「人の事散策する暇があればご自分の心配でもしたらどうです?今度失敗したら後はないですよ」
そう言い放ってつかつかとマルクスの横をスルっと通り過ぎようとするレイヴン。

マルクスの横を通りすぎた時、レイヴンの腕を太い腕が掴んだ。
「な、にする…!」
自分でも反射的に掴んだ腕。思っている以上に細く、華奢な腕に驚く。
いつもは戦場で華麗にゾイドを操るこの腕。まるで折れてしまいそうに細い。
可虐心がフツフツと沸きたってくるのを感じる。


「お前…あのシュバルツと寝ているのだろ?だから今日も奴を探しにきた、…違うか?」

腕をぐっと掴み、振り向かせたレイヴンの眉には痛みからか皺がよる。

「やめろ!!」
腕を振り払おうと力を込めるが元々線も細く力も弱いレイヴンの力にもびくともしない。

「残念だったなっ、今日はお前を満足させてあげれる男は帰ってこない…っ」
細い腕を折るかのようにさらに掴む腕に力を込めて、レイヴンの体を引き寄せる。

レイヴンの顔に自分の顔を寄せて言い放つと、キッとまっすぐに睨みつけてくるレイヴンの目尻にうっすらと涙が浮かんでいる。

いつも皮肉を込めた笑みを浮かべる子どもの始めてみる表情。

相手は子どもだ、馬鹿なことは辞めろ。

頭の奥でサイレンが鳴るが、
どこかもっとこの子どもの歪んだ顔が見たいというドス黒い感情が沸き上がってくる。



もっと泣かせたい、膝まづかせたい。
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