ぶっく
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夢を見る。
一人前の忍と認められたあの日から。
忘れた頃に、思い出したように。
いつも同じ夢を見る。
今日も気づけば、ここにいた。
光の射さない狭い部屋。
冷たくて、恐ろしいほどに静かな場所。
そこにあるのは、唯一光に照らされた透明で大きな筒。
その中には空気の入る隙間もないほどの水で満たされていた。
その中に一人、人がいた。
手枷、足枷、その他多くの鎖に巻きつけられ、管に繋がれた女の子が一人。
粗末で汚れた白っぽい服から覗く雪のように白い手足には、数えきれないほど多くの傷が刻まれている。
左目と鼻から口にかけては無機質な何かがあてられていて、顔の三分の二は見えない。
唯一見える右目は、常に閉じられていてその瞳の色は知らない。
藍で染めたような色をした、髪はゆらゆらと水の中を泳いでいる。
一言で表すなら、“からくりに捕われた少女”…って感じかな。
俺はただ、その子を見つめている。
そんな、変な夢。
最初の内は変な夢だと思いながらも、ただ目が覚めるのをじっと待っていた。
いつからか、その子のことを気にするようになった。
名前はなんていうのだろう。
どんな声で話すのだろう。
その瞳は、どんな色をしているのだろう…。
その夢の中で、自由に動いたり話たり、物に触ったり出来ることに気づいてからは、その子の入っている筒に近づいたり、部屋の中を歩き回ってみたりもした。
部屋の唯一の扉は、変わった形をしていた。
その扉はいつも閉まっていて、開けることは出来ない。
この部屋に入ってくる人は、少なくとも俺がここにいる間はいない。
その子は常に、眠ったように目を閉じている。
透明な筒を叩いてみても、反応はない。
死んでいるのではないかと疑うほどだった。
しかし死んではいない。
断言出来る。
何故なら彼女は成長している。
月日が経てば髪が伸びる。
身長も伸びている。
夢の中なのに、本物みたいだなぁーなんて思った。
その頃からかな…?
この子が実在するんじゃないかな〜とか考え始めたのは。
根拠なんかないけど、そう思った。
だけど何故、俺は夢の中とはいえこの子に会えるのだろう?
この子が助けを、求めているから…?
「ごめんね。俺様には、何にも出来ないんだ。」
透明な筒に歩み寄って、手を添える。
聞こえないとは思うけど、なんとなく呟いた。
固く閉ざされた瞳は、やっぱり開かない。
まぁ、期待はしてなかったんだけどね。
「!」
そろそろ、夢から覚める時間みたいだ。
辺りの景色が揺らぎだした。
まるで水面に映った景色が、波紋が広がり揺らめくように…。
「また来るね。」
最後に一言、そう声をかける。
その“また”が、いつ来るかはわかんないけど。
でも、約束したらきっと、いつか必ず会える。
そう信じたいから……。
「ッ!?」
ぼやけていく視界の中、透明な壁越しに目が合った。
つまり、
――――彼女が瞼を持ち上げた。
開いた瞳は深い青色をしていて、その澄んだ色に思わず俺は魅入ってしまった。
しかし無情にも時間は進み、そんな綺麗な青をかき混ぜるように景色が揺らいでいく。
あーもう…ちょっとくらい空気読んでよね。
浮上していく意識の中、俺はそう呟いた。
初めて目が合ったんだからさ。
目が覚めれば、いつもと同じ天井が視界に映る。
じめじめとした空気。
ぱたぱたと地面を打つ音。
今日の天気は、雨だ。
襖を開けて、まだ日の昇らない庭を見つめる。
庭の所々に出来た水溜まりを見ていると、あの子の入っている水槽みたいな透明な筒を思い出す。
「…冷た。」
屋根から外に手を出せば、素肌を叩く雨。
寝起きの身体にはあまりに冷たく感じて、思わず呟く。
…あの子は、今も冷たい思いをしているのだろうか…?
そう思ったら、旦那みたいにこの土砂降りの中を駆け回りたい衝動に駆られる。
少しでも、あの子の気持ちをわかってあげたかった。
共有したかった。
…まぁ、これって結局自己満足なんだけどさ。
俺は庭に背を向け、もう一度部屋に戻る。
日が昇り始める前に、身支度を調えなくちゃね。
さぁ今日も、忙しくなる。
「助けて…」
呼吸器の内側で動いた彼女の唇。
それは声になることなく、誰にも伝わることなく、消えていった…。
日が昇る。
一日が始まる。
全てが、動きだす。
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