プレビュー画面表示中

ラストヌード―上―(※高杉がヌードモデル、銀さんが写真家)


今日も彼は裸だった。

照りつける太陽に何の防具もつけず挑む被写体に、俺は黙ってカメラを向けていた。
撮影はマリンリゾートを貸し切りで、39度の炎天下で行われた。
手すりにつかまって彼に両脚を開くよう指示すると、触れてもいないのに突き上げられている時のような表情で、俺に性器を見せつけてくる。
正面から撮るか、水中に潜って下から孔を撮るか、その選択権は俺にあった。

同性愛者向けの人気雑誌『Men’s LOVE』に彼の写真を10ページに渡って載せる予定だ。
いかにセッ、クスアピールをするか、見る者の興奮を掻き立てるか。モデルと写真家の腕の見せ所だ。
俺は尻を突き出される恰好が好きだが、『Men’s LOVE』の愛読者は正乗位を好むものが多いらしく、仕事と割り切って真正面からシャッターを切った。

16時で撮影は終了する。モデルもスタッフも暑さで参っているだろうと、リゾートの従業員の一人がドリンクとソフトクリームを用意してくれた。
ところで俺が今日撮ったモデルの名前は高杉晋助というのだが、俺は「晋助」と呼んでいて、スタッフは「SHIN」と芸名で呼んでいた。
ちなみに俺はというと坂田銀時といって、元々AV業界でスカウトマンをしていたが、映像の世界に興味を持って撮影スタッフに転身した。
今は独立して主にヌード関連の人物写真家として活動している。

晋助は裏芸能界ではかなりの著名人で、プロの女優からも“中性的カリスマモデル”と謳われているほどだ。
同性愛者のファンは勿論のこと、その極めて女性的なスタイルに憧れを持つ女性ファンも多い。
ウエストサイズは57と、モデル女優並みの細さだ。
男のごつごつした体格では見栄えがしないと、高濃度の女性ホルモンを大量投与し、脂肪分の多い食事は控え、絞りに絞ったのだ。
その分の副作用や反動もあるので、体調管理には十分気をつけなければならない。
今や情欲をそそる被写体というよりも、彼は人間離れした芸術品だろう。
彼自身も「芸術そのものになりたい」と常々言っている。

その晋助をスカウトしたのは俺だった。もう10年近く前の話だ。
俺がそのとき26で、晋助は多分20歳前後だったかと思う。
今からは想像もつかないほど、彼は地味で真面目な学生に見えた。
実際話しかけてみてもスカウトされることに耐性がなかったようで、彼はおどおどしていた。
俺は何故声をかけたかと言えば、これは“直感”とも言うべきだろう。
顔はいいが一見ぱっとしない服装を身にまとい、小柄でぼうっとしているような子だった。

俺のスカウトマンとしての実力は中々のものだろうと、今なら大声で威張れるが、当時は本当に賭けだった。
ああ、この子は色っぽい。何を見て判断したのか分からないが、俺の脚は気づけばその子のもとに向かっていたのだ。
単なるAVの勧誘だということは伏せて、「かわいいね。モデルにならないか」と持ちかけた。
最初の一言を信じる者はほとんど皆無だから、次の手を用意しておいた。
彼は「いいです」と通り過ぎようとした。目が泳いでいるな、この子。少しは興味がある証拠だ。
「それなら名刺だけ。HPで検索してみて。もし気になったら電話をくれる?」と紙一枚を渡すだけ、と相手の警戒心を解こうとした。
彼は立ち止る。俺は密かにガッツポーズをとった。
俺の名前の入った紙きれを渡すことに成功し、俺は一仕事終えた気分になる。彼なら必ず電話をしてくるという自信があったからだ。

翌日、事務所に電話があった。「先日名刺をもらったんですが…」とか細い声を聞いて、あの子だと分かった。
「連絡ありがとう」と俺は彼を安心させるような優しい声音で返した。
数分ほど質疑応答を繰り返し、彼が幾分か自己顕示欲の強い人間だと思った。モデルだろうがAV俳優だろうが、そうでなくては意味がない。そもそも連絡は寄越さないだろう。

事務所から一番近い駅を教えてやり、そこの改札口で待ち合わせることにした。
少しはお洒落をしてくるかと思いきや、相変わらずTシャツにデニムという地味な組み合わせと色合いだった。
まあそれはいい。脱いだら魅力的かもしれないじゃないか。
事務所まで連れて行き、一番奥の部屋でスタッフの一人が待ち構えている。そこで全裸になってもらい、身体の隅々まで撮らせてもらう。既にそこで審査が始まっている。
最後にはスタッフと俺の二人で、感度の良さや穴の具合を確かめさせてもらうことになるが。

裸になることを要求した時点で大抵の人間が帰ってしまうのだが、彼は羞恥心を顔に広げながらも一枚一枚脱いでいった。
初めての人間の前でも露出できる。第一関門はクリアだ。
しかもその素肌を見て俺もスタッフも息を飲んだ。
若くてみずみずしいのは当たり前だが、極めて透明に近い雪肌とも言おうか。それに細い。
本人はこの素晴らしい芸術肌を自覚してここに来たのだろうか。

俺とスタッフは顔を見合わせ、本人の意思は別としてこの子は単体でいけるかもしれない、とひそひそ話をした。
撮影スタッフの一人を呼び、彼の裸をあらゆる角度から撮らせた。パシャパシャとシャッター音が鳴るたび、彼はぎゅっと目をつぶった。
「大丈夫だよ。合格したと思ってくれてかまわないよ」と何の解決にもならない甘い言葉を俺は投げた。

さて問題はここからだ。俺とスタッフは彼に向って「そこのベッドに仰向けになるように」と言った。
そのまま足を開くよう指示した時、彼は自分が次に何をされるのか悟ったようだった。
「そういう撮影なんですか?」と率直に尋ねられる。ここまで来て嘘をついても仕方ない。
「そうだよ、嫌なら帰ってもらってかまわない。セッ、クスもろくに出来ない人間はこの業界にいらないからね」と俺は餌を逃がす覚悟で言った。
彼は俺が想像していたよりはるかに負けず嫌いだったらしい。そんな軽い挑発にのって、簡単に開脚した。
人間て分からないものだな、と俺は思った。

スタッフと順番に彼の性感帯を確かめたが、感度も相当なものだった。
乳首でここまで反応する男も珍しい。しかも元の声も艶があるせいか、彼の喘ぎ声は仕事だと割り切っているこちらまでそそられてしまう。
俺の御立派な健在物を取り出し、くわえさせてみるといきなり歯を立てられて悲鳴をあげたのは俺だった。
「この下手くそ」と怒鳴りつけてやろうかと思ったが、多分この子は咥えさせられるのは初めてなのだ、と自分に言い聞かせた。
挿入部の具合は中々良かったので、フェ、ラのほうは経験を積んで鍛えればいいか、という話になった。
行為の後に、彼は俺にむかって「あんたが初めての相手になってしまった」と嘆いていた。
仕事上バージンを奪ったことは何度もあったから、俺は反省する気も起らなかった。

学生を続けながら晋助は副業として企画モノからデビューしたが、その企画映像を見た別のAVメーカーの人間やAVマニアたちから「この子は誰。いいね」と評判になり、
晋助は「雪肌のAV俳優」のキャッチフレーズで単体デビューすることになった。当然大学を中退することになった。
彼の両親は無論息子の痴態が多くの人間の目にさらされることに対して批判的で、晋助は両親と口も利かなくなり、
そこそこ売れ出してからは俺も金を出してやり、彼はアパートで独り暮らしをすることになった。

その時になると、俺はだいぶ晋助と仲良くなっていて、時折アパートに遊びに行ったりもしたが、「後悔してないか」と幾度か尋ねた記憶がある。
「俺は一般人じゃ味わえない経験ができるようになった。人並み以上に充実した日々を送っている」と彼は言い切った。
きっと俺と同じで、彼は平凡を嫌う人間だったのだろう。
地味な服装の裏側で、自身の露出への情熱が行き場を失って項垂れていたにちがいない。

3年くらいしていつの間にか晋助は月20本以上出演する人気者になり、自身の大型ヌード写真集を発行し、これが更に晋助の人気に火をつけた。
ヌードモデルとしての才能が開花したのもこの頃だ。
俺はその頃人物写真家への道に進んでいたが、晋助と仕事をすることは稀だった。

晋助と再び仕事場で対面したのは、晋助の3冊目写真集発行が決定し、その撮影依頼が俺のところに来た。
俺はこれまでにない興奮と喜びを感じた。
俺自身がスカウトした人間を、俺のカメラレンズを通して作品にし、それを披露することの喜びだった。
晋助も撮影の打ち合わせの際、俺と対面して喜んでくれ、その場で抱き合って宜しくと言い合った。

晋助は以前に比べてなよなよしており、男とはとても呼べない容姿に一変していた。
身体も異常なほどやせ細っており(写真だとそこまででもなかったが)、まるで人形だった。
「肉はほとんど食べずに、ホルモン剤を毎日飲んでるんだ。あと美白ケアしてる」と晋助は言った。より自分の身体を美しく艶やかに表現するためだという。
俺は初めて晋助がプロフェッショナルだな、と思った。
『男でも女でもない美』というタイトルで、その写真集は一般の本屋に並べられた。
中性的でかつ官能的な彼の容姿は「まるで二次元の世界の住人」として話題にのぼり、同日発売だった超人気アイドルの写真集をも上回る発行部数を記録した。

それからは人気トーク番組の出演依頼も後を絶たなかったが、晋助は頑なに拒否した。
テレビに顔を出して一気にメジャーになるきっかけになるかもしれないのに、と俺は思ったが、「俺はあくまで裏世界の人間だから」と晋助は言う。それに話すのが苦手らしい。
それとは裏腹に、彼はAVの出演依頼は全て快く引き受けていた。
数をこなすにつれ、中出しから始まり緊縛やSMプレイ、最近では飲尿やスカ●ロなどマニアックな内容のものにまで及んだ。
晋助が自身の肌に異変を感じ始めたのは、彼が27になった時だった。
どれだけ手入れをしても以前のようなみずみずしさが出せないと言う。それどころか、彼は撮影中に倒れ、急遽中止になったこともあった。
「俺もそろそろ限界なのかもしれない」と電話で初めて弱音を吐いてきた。
「俺に出来ることなら何でも言ってくれ」とそれ以外慰めようもなかった。この手の業界では、その積み重ねが命取りになるのだ。

その一年後には、ピーク時に比べて出演依頼数は減り(それでも多いほうだが)、出演料は今までの半分以下になった、と本人から聞いた。
年齢もあるし、これは仕方のないことだと思うが、本人はかなり落ち込んでいた。
AV俳優としてもモデルとしてもやっていけるのか不安だ、と言う。
「寿命が短い仕事だ。普通に俳優としてドラマとかに出てもいいんじゃないか」と持ちかけたが、彼はどうも裏世界の人間であることに“拘って”いた。
まあ分かる気はするが、一般人としての人生も考えていいのでは、と俺が言うのもおかしな話だ。

驚いたのは、晋助のADULT雑誌の撮影に俺は立ち合ったのだが、撮影終了後、休憩所で晋助が見知らぬ女と会話してるのを見、
あとで「あれは誰だ」と尋ねたところ、「俺の女房なんだ」と彼は笑って話してくれた。
何の冗談かと思ったが、本当らしかった。
彼女は来島また子と言って、俺は「晋助夫人」と呼ぶことにした。
いつのまにか結婚したのか、と只管瞬きする俺に、「こういう仕事をしていると、誰かにそばにいてほしくなるから」と寂しそうに言った。
俺は一生独身を貫くことを決めていたが、何となくその気持ちは理解できた。

俺も晋助夫人には興味があって、いくらか話をした。
体育会系のようなしゃべり方をする、目つきからして気の強そうな女で俺のタイプではない。
興味本位で晋助に近づいているのでは、と最初は見下してかかったが、会話をしているうちに彼女が心底晋助を想っていることが身にしみて分かり、
俺は思わず「一生涯あなたの愛であいつを支えてやってほしい」と言った。

だが晋助のような人間のそばにいる女性とは、果たして幸せになれるのだろうか。
仕事とはいえ、色んな男に好きなだけ犯されて、しかも俺のような男に裸を撮られている夫の姿が、この女にはどう映っているのか。
彼女の気持ちは、俺には到底理解できないだろう。

晋助はこの女をどのように愛するのか。男に抱かれる晋助は知っていても、女を抱く晋助を俺は知らない。
「ちゃんと抱いてやってるのか」と聞くと、「裸で抱き合うし、寝るときはいつも裸だ」と晋助は言う。
晋助の言い草だと、挿入まではしてないのだろうか。
「挿入の仕方は分かるし、もちろん解し方も分かる。でも彼女が裸になっても、勃たねえんだ」と告げられ、俺は呆気にとられた。
もはや晋助の身体は男以外感じないのか、それとも形だけの夫婦で、晋助は心底彼女を愛しているわけではないのか、とも思ったが、
「彼女のことは愛しているよ。家では寸暇を惜しむように抱き合っている。もちろん求められれば胸くらいは触ってやるし、キスもする」と
晋助は彼女との夫婦関係を微笑ましく語ってきた。

いわゆるプラトニックラブという奴だろうか。そんなものがこの世に存在するなんて信じられないと思った。
晋助はそれでいいというのだから仕方ないが、彼女は満足しているのだろうか。
「不満なら彼女はとっくに出て行ってる。もしくは彼女がそんなふうに言ってきたら、俺が一方的に追い出すだろう」
俺は晋助をこの世界に導いたことに、もしかしたら後悔することになるかもしれない、と思った。


→『下』へ
→トップへ


ブックマーク|教える




©フォレストページ