花文庫U

□堺の休日
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蹴る、殴る、頭突き。どれが一番有効だろうか。
幸村は目の前にずらりと並んだ男達を見回して、心の中でやはり殴ろうと決めた。

「俺達と一緒に来いよ、楽しい所に連れて行ってあげるからさ」
「俺は船持ってるんや、なんなら外国まで貿易がてら遊びに行こうやないか」
「こっちは○×組の若さまやで!」

口々に誘う男たちにため息をつく。
せっかく城を抜け出し、自治区まで遊びに来たのに…そうそうに騒ぎを起こしてしまうのは予定外だ。
言い寄る男の一人が腕をぐいっと掴んだ。反射的に殴ろうと力の篭った幸村の腕をグッと掴んだ…新たな男が現れる。

「…っ」
「可愛い子が一人で町を歩くのは危ない、身にしみただろう?テメェらも散れ。この子は俺の連れだ」

突然現れた男は、幸村の前に立ちはだかり、一瞬で殺気のような不穏な空気を纏い、それだけで取り囲んでいた男達は怯んだように後ずさった。
「なんだ、男連れだったのかよ」「先に言うてぇな」などと口々に零し、去っていった。
足を止めて成り行きを遠巻きに見ていた町の人々もホッとしたように、動き出した。

「あの…」

見上げる程に大柄な背中に声を掛けた。

「自治区は初めて?」

振り返った男は、先ほど見せた殺気が嘘のように爽やかな笑顔を見せた。
頬には特徴的な傷跡があり…どこかで聞いた事のある声音のようだが、思い出せない。

「え、と。はい、ありがとうございました」

ぺこりと頭を下げて、礼をする。
この男が現れなければ、幸村は町中で喧嘩騒ぎを起こしていただろう。

「良かったら案内するよ。自治区は賑わっている分、危険も多い。さっきの男の一人は拐かしだ。いつもは警備の仕事をしているが今日は非番なんだ。俺の事は虎之助と呼んでくれ」

にこりと笑うと白い歯が覗く。悪い人には見えないし、先ほどの男達のように危険な雰囲気もない。大丈夫、と感じる。幸村は差し伸べられた手をそっと握った。

「お、…ゆき、と言います」

俺、と言いそうになったのを飲みこんで、柔らかな声を作って「ゆき」と名乗った。

「ゆきちゃん、ね。ハハッ、良い名前だ。まずは、そうだな…餡蜜の美味い茶屋があるんだ、そこに行かないか?」

コクリと頷くと、こっちだと幸村に歩調を合わせてゆっくりと歩いてくれた。
見上げた虎之助の顔は、やはりどこかで見たような気がした。
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