花文庫U
□いじめたくなるんです
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いつもの様に約束の刻限に遅れて現れた幸村は、兼続の視線を感じたのか、タタッと早足で駆け寄り、今にも泣き出しそうな笑顔で「申し訳ない!」と軽い口調で頭をさげで謝った。
いつもの事だ、と思ったが、ふと悪戯に、いつものように「かまいませんよ」と某に許されようと思っている幸村を困らせてみたい衝動にかられた。
まっすぐに、純粋な正直な性根のこの子は、どんな表情を見せてくれるのか。
「まったく…貴方という方は。毎度毎度、遅れて来られるのですね」
「…ごめんさない」
ぺこりと目の前でもう一度頭を下げて、だって出しなに庭に蛙がいたのに気付いてさ…と続けた。
「…こう、いつもではほとほと某も呆れてしまいます。もう貴方と待ち合わせるのはやめましょうか」
にっこりとわざと微笑を乗せてキツい口調で言い放つ。
「え…」
途端に、泣きそうな表情に歪んだ。
数年振りに再会した時に、大人になったもん、などと言い放っていたが、まだまだ子供っぽさの残る顔だ。
「兼続…ごめんなさい、次からはちゃんと来るから」
だから…、と袖口を掴んで、見捨てないでくれ、と続けた。
犬の耳がこの子の頭に生えていたら、しゅんとうなだれているのが見えるようだ。
「今度は絶対、ちゃんと守るから。…兼続、まだ怒ってる??」
眉をきゅっと寄せて、いつもはやんちゃで奔放そうな瞳が不安げに揺れている。
たかだが、一緒に大谷どのの屋敷へ向かう…それだけの事なのに。
「いいえ、怒ってませんよ」
「うそ」
「じゃ、うそです。怒ってます」
「…!」
まっすぐに見つめていた目にぶわっと涙が浮かんだ。
「まったく…」
見掛けは成長して大人になっても、こんな幼い反応をされるとその微笑ましいアンバランスさに思わず口元が緩んでしまう。
「では、幸村。貴方から某に接吻けをして下さい。それで、某の機嫌を直します」
「こ、ここで?」
「はい。ここで」
領地の外れの、橋の上にいる。今は二人しかおらず、見渡す限り人影はない。
それでも、きょろきょろと辺りを見回して、幸村はやっと、コクリと頷いた。
目を閉じて、その瞬間を待っている。実際は、うっすらと視界を確保して、幸村を見守った。
「ん〜…」
幸村の方は、ギュッと目を閉じた状態で唇を近づけ…目測を誤ったように、歯がカチリとぶつかった。
「いてっ…!」
「まったく…接吻けの仕方を教えて差し上げるとこから、始めなければなりませんね」
口元を押さえる手を捕らえ、顎を掴むと、すっと唇を合わせた。
「あと、これからは、待ち合わせはやめにして、某が幸村の屋敷まで迎えに行きますね」
頭を撫でてやると、ぱあっと笑顔になる。
まったく、大人なんだか子供なんだか。これだからいつまで経っても目が離せないのだ。