家出少年の夏休み

□家出少年の夏休み
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 七月も終わりに近い日曜日の朝、外はもう暑くなってるだろうがエアコンをかけっぱなしなのでひんやりしてる。贅沢にもちょっと肌寒いくらい。薄いタオルケットの下でオレは目をつぶったまま隣に寝てる護一を抱き寄せた。
オレと同居人の護一は土曜の夜はいつも交流するのが習慣なのであった。
昨晩は会社の飲み会でヤツは出かけてはいたのだが、オレが先に寝てても護一は必ずオレを起こすことになっている。これは彼が好色だからなんじゃなく起こさないとオレが後でねちねちいつまでも文句を言うからなのだが、昨晩はよほど泥酔して帰って来たに違いない。
運動部仕様でごついオレと違っていかにも文化部の護一の体が細いのは承知だが、何故かいつもよりもっと華奢に感じる。鼻をくすぐる細い髪の匂いが違う。肌が柔らかすぎるし、あれ、触り慣れているはずのもののこの感触は?
あまりの違和感にぐうたらのオレもさすがに目を開けてみた。なんということであろうか。目の前で眠っていたのは二十八歳会社員の護一ではなくどう見ても十代半ばの稚い少年であった。
長いまつげで目は閉じられうぶ毛も愛らしい頬はほんのりと上気している。まだ眠いのをオレに抱きしめられ眉根を寄せたしわもまだ若々しい。オレは腕の中にいる子犬のようなその少年から視線を宙に飛ばして叫んだ。
「ゴイッ。ゴイッ」
思わず理由のわからん大声を上げてしまう。
「ゴイーッ」
「なに。朝からうるさいよ、ヨシヘー」
聞き慣れたその声は少年の更にもう一つ向こうに寝てるパジャマ姿の男から発せられた。(泥酔してもパジャマは着るのだ、あいつは)いつもきちっとしてる相方が起きがけには前髪の乱れた感じを見せるのが、俺の萌えポイントの一つなのだが、今朝はそんなこと言ってられない。
「ゴ、ゴイチ。いるならそう言ってくれよ」
「いつもここにいるでしょ」アヤツ、絶対まだ寝ぼけてる。
「じゃなくて、この少年、誰なんだよっ」
オレの怒り声に護一も目を開けたらしい。
「あ」
「あ、じゃないよ。昨晩、会社の飲み会にこんな子供が混じってるわけないだろ 。お前まさかその後、やばい店に行ってこんな中学生男子をやっちまったんじゃないよな」
「中学生じゃなくて、高校生です」
突然割り込んだのはオレにまだ抱きしめられたままで寝てるその少年の声であった。声変わりはしているが大人ではないその初々しさ。
「護一さんはやばい店じゃなくて公園で僕を拾ってくださったのです。何もやられてはいません。申し訳ないと思ったのですが、公園で野宿するのはやはり怖くて親切を受けてしまいました。ここに着くと、床で結構ですと言ったのですが、余裕あるからベッドで寝なさいと言ってくださって」
少年は身じろぎをして赤くなる。
「あ、あの。すみませんが、もう放してくださいませんか。固いものがお腹に当たって痛くて」
今度は護一が怒り出す。
「布団の中で何やってんだよ。ヨシヘー?」
オレは驚愕で動かなくなっていた腕から慌てて少年を放そうとしてベッドから落っこちた。したたかに腰を打つ。
「ぐへ」
解き放された美少年は思いきり心配顔でオレをのぞき込んだ。
「ごめんなさい。大丈夫ですか」
「だいじょぶ。その男、殺しても死なんから」
そりゃないぜよ、護一。

 七月二十五日。午前九時三十分。オレたちはぎこちなく朝食のテーブルについた。
護一が手っ取り早く朝食を準備してくれる。二人暮らしのオレたちの食事は適当だが役割分担がある。朝が苦手なオレの為に護一は朝食係、夕食作りオレの役目だが、目さえ覚めてれば料理は嫌いじゃないんで不満はない。
護一と二人きりなら夏の朝はボクサーパンツ一枚で元ラグビー部の発達した筋肉をさらけ出すのだが、さすがに見知らぬ客、しかも未成年の前では仕方なく服を着用する。護一の方は休日でもしっかり着込むからいつもと同じ。眼鏡もきちんと拭いて装着済みだ。
少年が洗面所に立った隙にオレは護一に詰め寄った。
「だから一体何だよ、あの子」
「だからさっきあの子が言ってたとおりじゃない?昨晩飲み会の帰り、公園の脇を通ったから多分、あの子がいたんだろうねえ」
「多分、ってなんだよ。いたんだろうねえ、ってなんだよっ」
「だって、オレも酔っ払ってたからよく覚えてないんだよ」護一はくすくす笑い出す。普通笑うか、そこで。
「あんな美少年を連れて帰ってくるなんて、オレもゲイとして本物だよね」
あああ、だからずれてるって言われるんだよ、お前は。
「だいたい、お前は中年趣味だっていつも言ってただろ、なんで子供連れてくるんだ。おっさんならまだしも、あんな子供の誘拐って犯罪だぜ」
「護一さんを責めないでください。僕すぐ出て行きますから」少年は再び二人の話に割り込んできた。いつの間にか洗面所から戻ってキッチンの出入り口に立っていたのだ。
ほっそりした小柄な体つきに薄色のTシャツと洗いざらしのジーンズを穿いただけの姿がこんなに妖しい色気があるものとは思ってもみなかった。短めのジーンズから飛び出している骨っぽい踝にかじりつきたくなってしまうじゃないか。
いやオレも少年趣味のつもりじゃなかったのだが。確かにこんな子が野宿してたらあっという間に強姦されてたろうから護一を責めるわけにもいかないか。
顔色が青ざめて思い詰めたような目が潤んでいる。オレは狼狽した。が、オレより先に護一の方が口を開いた。
「ヨシヘーの言うことなんて気にしなくていいんだよ。気分悪い?ここに来てコーヒーでも飲みなよ。飲める?ならよかった。トーストしかないけどバター塗る?ジャム?両方?」
なんだ、そのいたれりつくせり。オレにもしてくれ。オレは仏頂面で護一がオレの前に黙って置いたコーヒーとトーストを見やった。どうやら一番焼き焦げがついてしまった食パンがオレのらしい。誤魔化すためにバターとジャムをたっぷり塗って食べ始めた。護一が思い切りしかめ面で釘を刺す。
「ヨシ、そんなに塗ったら太るよ」
うるへー。オレはデブ専と恋に落ちるからいいんだい。苦いコーヒーをぐびりと飲む。
それにしても。とオレは目の前に座っている少年くんを観察した。食べ方一つ見てもがさつなオレとは大違いだ。オレの前はパン屑とジャムとコーヒーまでこぼして散乱しているのに、どういうものか彼の前のテーブルは綺麗さっぱりしている。きちんとした躾けをする家庭の子なのだろうな。コーヒーカップを口に運ぶのも一つ一つ絵になる。あ、実はオレ、イラストレーターの端くれで何かと構図を考えてしまうのだ。
「いいけどさ。キミなんて名前?」
護一もそうだった、という顔で少年を見る。
少年はちょっと困った風になりトーストを飲み込み、コーヒーでそれを助けながら言った。
「あ、あの・・・太郎です」
「タロウ?」オレと護一は同時に言って顔を見合わせた。そりゃ日本に太郎くんはいっぱいいるだろうけど、なんだかその場の思いつきで言った感じだったからだ。オレは意地悪く続けた。
「で、名字は何?」
「・・・山田」
ドカベンだった。
オレが思い切り笑いそうになったので護一が背中をつねり上げる。
「いてててて」マジで痛かった。
「じゃ、キミがここにいる間、タロウくんって呼ぶからね。いい?」
どっからそんな優しい声が出るんだよお。オデにも言ってくれよお。。
少年・タロウくんは護一の気持ちがちゃんと判ったらしい。またもや魅惑的な目を潤ませた。
「はい。よろしくお願いします」
「よろしくね」
よろしく?っていつまでいさせるつもりなんだい?護一?
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