BOOK

□5日目
2ページ/2ページ








家に帰ると、誰も居なかった。

不審に思い、キッチンへと向かうと、そこに置いてあるテーブルに置手紙のようなものがあった。


「…なになに」



可愛い可愛い娘へ



お父さんとお母さん二人きりでギリシャへ旅行に行って来ます



その間、貴方がとても心配なのでお隣の晴矢くんへ貴方の事を頼みます



愛しのパパママより



PS、多分1週間で帰ってくるぴょん☆

「いや黙れよ」


あ、思わずつっこんでしまった。

ていうか、なんなんだこの手紙は。

ふざけてるぞ。


…しかも、晴矢の所へ、貴方のことを頼む?

やってくれたね、お母さん。



はあー、テーブルに手をつきながら項垂れる私。


大体、娘置いて二人で家族旅行かよ。

娘の事が心配なら寧ろ連れてけよ。

私も行きたかったよギリシャ。





―――――ピンポーン、



「!は、晴矢だ…」


はやい!!

心の準備出来てないんだけど!


それからまた、すぐにインターホンがなる。

えええ、ちょっ、まっ…


ピンポーン、ピンポンピンポンピンポン…



止まらないインターホンの音。

どどど、どうしよう。

その音は、私の心を焦らす。

ちょっとくらい待ってくれても…!


――なんて思っても、やっぱり彼は待ってくれない。




「おっせーよ、バーカ」




「はっ…晴矢!」



晴矢が、家に入ってきた。

あろうことか、私の居るキッチンまで。


別に、それは珍しいことじゃかった。

中学1年生の時までは、毎日のように夕飯を一緒に食べたり、食べにいかせてもらったりしていたのだから。

…でも、それは過去の話。

今は、お互い子供扱いされるのが嫌で、学校で会うだけになっている。



「お前、インターホン出るだけにどんだけ時間かかってんの?」



その声は、やっぱり学校からの恨みが籠っているのだろうか、少し不機嫌そうで。

私は、自分が何をしたのか分からないままで謝ろうにも謝れず、俯いてしまった。


…うう、気まずい。



「…あ、あの…」



二人だけの気まずい時間が耐えきれなくて、私が口を開こうとした時だった。


晴矢が強引に私の手を掴んで家を出る。


ひんやりとした空気が、妙に体を冷えさせた。







そうして、わずか10秒で自分の家から晴矢の家まで移動した私。

もう手は放されていた。



玄関は、やっぱり前みたままで。

何も変わってないことに、懐かしく思えて、思わず笑みが零れた。


「あらー、いらっしゃい、春菜ちゃん」


「…、沙織さん…!」


「うふふ、まだ名前、覚えててくれたの?」


「お久しぶりです」


そう言って、ぺこりと頭を下げた。

沙織さんは、晴矢のお母さんだ。

若くて綺麗で、これで40歳とは思えないほどの外見だった。


沙織さんの導きで、リビングへと通される。

私は、ソファへと深く腰掛けた。

やっぱり、何も変わってない…。

晴矢は2階に行ってしまったようだ。

…もしかして、勉強とか?

いや、それはないよね。だって晴矢だもんね。



「…あーっ、春菜ちゃんじゃん!」


「美優先輩!」



階段から下りてきたのは、晴矢のお姉ちゃん。

こちらもまた、遺伝かどうか分からないけど、相当な美少女で。

腰くらいまであるブラウンのゆる巻きの髪。

それを、前髪だけ結んでいかにも元気娘って感じだ。

顔立ちも晴矢にどことなく似ている。

…いや、晴矢が美優先輩に似てるのか。


確か、人気雑誌でモデルの仕事をやっているん…だっけな。

スタイル抜群だしね。



「あははっ、ひさしぶり!元気だった?」


「はい、一応…」


「こらー!元気ないぞ!これから1週間、うちで暮らすんだから!そんなんじゃあたしの相手は務まらないぞ?」


ばしっと背中を叩かれて渇をいれられる。

私は痛みに苦笑する。

美優先輩は、元気あるなあ。

ぜんっぜん変わらないや。


ふとキッチンを見てみると、沙織さんが夕食の準備をしていた。



「あ、沙織さん。私も準備手伝います」


「あら、いいのよ。春菜ちゃんはゆっくりしてて」


「でも、悪いです」


「まあ。うちの晴矢と違って相変わらずいい子ねぇ」


うふふ、と微笑んで、沙織さんは口でおたまを隠し、でもね、と続けた。

私はそれに、首を傾げる。


「おばさんはね、春菜ちゃんにすっごい料理作ってあげたいの!だから、その間晴矢と遊んでてくれるかしら?」


「あ、遊ぶって…」


「あら?何を想像しちゃったのな?流石は思春期よねぇ、うふふ」


「ち、違います!私別にっ」


「まあまあ。とりあえず、嫌なら別の部屋で過ごしてもらってても構わないから」



わ、私ほんとにそういうこと想像してた訳じゃないのに。

てか、遊ぶって今時何して…。

そんな事を思いながらも、とりあえず階段を上る。

べつに、晴矢と遊ぶのがいやって訳じゃないけど、でもさ。

…年頃の男女が、密室に二人きりって、どうよ?



でもまあ、相手が私だったら晴矢だってそんな気おきないよねえ。

はあ、自分で言ってて虚しくなるわ。




…とうとう、晴矢の部屋の前まで来てしまった。

どうしよう、これは行った方がいいんだろうか。

それとも、やはり別の部屋で待っていた方がいいのだろうか。

変な緊張が私の行動を迷わせる。

…で、でも、勝手に入っていい部屋なんてあるんだろうか。

私はずっとここに通っていた(あくまで過去形)訳だが、そんな勝手に入っていい部屋の存在までは知らない。

なので、現在の私の選択は一つしかないということ。

心の準備を決めてから、意を決してノックをした。


「も、もしもし…、晴矢?」


返事はなし。その変わり、少しだけ扉が開いて晴矢が顔だけ覗かせてきた。

私が居ることに驚いているようだった。


「…なんだよ」


…うわあ、やっぱちょっと不機嫌じゃん。


「あ、あのね。沙織さんが…ご飯出来るまで晴矢と遊んでて、って…」


そう言った瞬間の、晴矢の顔。

もうなんか、コイツ何言ってんの?みたいな呆れ顔。

…いや、呆れ顔と言うよりは、私の言ってる事が信じられないような、そんな顔。

…意味分かんないね。

晴矢はちょっと待て、とだけ言って扉を閉めた。

そして30秒後くらいにまた扉が開いて、


「入れば?」


と目線で促してきた。


私はお言葉に甘えて、少し震える足で晴矢の部屋へと足を踏み入れた。

それは、まだ小さい子供が初めてプールに入る様なものだった。











前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ