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□5日目
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家に帰ると、誰も居なかった。
不審に思い、キッチンへと向かうと、そこに置いてあるテーブルに置手紙のようなものがあった。
「…なになに」
可愛い可愛い娘へ
お父さんとお母さん二人きりでギリシャへ旅行に行って来ます
その間、貴方がとても心配なのでお隣の晴矢くんへ貴方の事を頼みます
愛しのパパママより
PS、多分1週間で帰ってくるぴょん☆
「いや黙れよ」
あ、思わずつっこんでしまった。
ていうか、なんなんだこの手紙は。
ふざけてるぞ。
…しかも、晴矢の所へ、貴方のことを頼む?
やってくれたね、お母さん。
はあー、テーブルに手をつきながら項垂れる私。
大体、娘置いて二人で家族旅行かよ。
娘の事が心配なら寧ろ連れてけよ。
私も行きたかったよギリシャ。
―――――ピンポーン、
「!は、晴矢だ…」
はやい!!
心の準備出来てないんだけど!
それからまた、すぐにインターホンがなる。
えええ、ちょっ、まっ…
ピンポーン、ピンポンピンポンピンポン…
止まらないインターホンの音。
どどど、どうしよう。
その音は、私の心を焦らす。
ちょっとくらい待ってくれても…!
――なんて思っても、やっぱり彼は待ってくれない。
「おっせーよ、バーカ」
「はっ…晴矢!」
晴矢が、家に入ってきた。
あろうことか、私の居るキッチンまで。
別に、それは珍しいことじゃかった。
中学1年生の時までは、毎日のように夕飯を一緒に食べたり、食べにいかせてもらったりしていたのだから。
…でも、それは過去の話。
今は、お互い子供扱いされるのが嫌で、学校で会うだけになっている。
「お前、インターホン出るだけにどんだけ時間かかってんの?」
その声は、やっぱり学校からの恨みが籠っているのだろうか、少し不機嫌そうで。
私は、自分が何をしたのか分からないままで謝ろうにも謝れず、俯いてしまった。
…うう、気まずい。
「…あ、あの…」
二人だけの気まずい時間が耐えきれなくて、私が口を開こうとした時だった。
晴矢が強引に私の手を掴んで家を出る。
ひんやりとした空気が、妙に体を冷えさせた。
そうして、わずか10秒で自分の家から晴矢の家まで移動した私。
もう手は放されていた。
玄関は、やっぱり前みたままで。
何も変わってないことに、懐かしく思えて、思わず笑みが零れた。
「あらー、いらっしゃい、春菜ちゃん」
「…、沙織さん…!」
「うふふ、まだ名前、覚えててくれたの?」
「お久しぶりです」
そう言って、ぺこりと頭を下げた。
沙織さんは、晴矢のお母さんだ。
若くて綺麗で、これで40歳とは思えないほどの外見だった。
沙織さんの導きで、リビングへと通される。
私は、ソファへと深く腰掛けた。
やっぱり、何も変わってない…。
晴矢は2階に行ってしまったようだ。
…もしかして、勉強とか?
いや、それはないよね。だって晴矢だもんね。
「…あーっ、春菜ちゃんじゃん!」
「美優先輩!」
階段から下りてきたのは、晴矢のお姉ちゃん。
こちらもまた、遺伝かどうか分からないけど、相当な美少女で。
腰くらいまであるブラウンのゆる巻きの髪。
それを、前髪だけ結んでいかにも元気娘って感じだ。
顔立ちも晴矢にどことなく似ている。
…いや、晴矢が美優先輩に似てるのか。
確か、人気雑誌でモデルの仕事をやっているん…だっけな。
スタイル抜群だしね。
「あははっ、ひさしぶり!元気だった?」
「はい、一応…」
「こらー!元気ないぞ!これから1週間、うちで暮らすんだから!そんなんじゃあたしの相手は務まらないぞ?」
ばしっと背中を叩かれて渇をいれられる。
私は痛みに苦笑する。
美優先輩は、元気あるなあ。
ぜんっぜん変わらないや。
ふとキッチンを見てみると、沙織さんが夕食の準備をしていた。
「あ、沙織さん。私も準備手伝います」
「あら、いいのよ。春菜ちゃんはゆっくりしてて」
「でも、悪いです」
「まあ。うちの晴矢と違って相変わらずいい子ねぇ」
うふふ、と微笑んで、沙織さんは口でおたまを隠し、でもね、と続けた。
私はそれに、首を傾げる。
「おばさんはね、春菜ちゃんにすっごい料理作ってあげたいの!だから、その間晴矢と遊んでてくれるかしら?」
「あ、遊ぶって…」
「あら?何を想像しちゃったのな?流石は思春期よねぇ、うふふ」
「ち、違います!私別にっ」
「まあまあ。とりあえず、嫌なら別の部屋で過ごしてもらってても構わないから」
わ、私ほんとにそういうこと想像してた訳じゃないのに。
てか、遊ぶって今時何して…。
そんな事を思いながらも、とりあえず階段を上る。
べつに、晴矢と遊ぶのがいやって訳じゃないけど、でもさ。
…年頃の男女が、密室に二人きりって、どうよ?
でもまあ、相手が私だったら晴矢だってそんな気おきないよねえ。
はあ、自分で言ってて虚しくなるわ。
…とうとう、晴矢の部屋の前まで来てしまった。
どうしよう、これは行った方がいいんだろうか。
それとも、やはり別の部屋で待っていた方がいいのだろうか。
変な緊張が私の行動を迷わせる。
…で、でも、勝手に入っていい部屋なんてあるんだろうか。
私はずっとここに通っていた(あくまで過去形)訳だが、そんな勝手に入っていい部屋の存在までは知らない。
なので、現在の私の選択は一つしかないということ。
心の準備を決めてから、意を決してノックをした。
「も、もしもし…、晴矢?」
返事はなし。その変わり、少しだけ扉が開いて晴矢が顔だけ覗かせてきた。
私が居ることに驚いているようだった。
「…なんだよ」
…うわあ、やっぱちょっと不機嫌じゃん。
「あ、あのね。沙織さんが…ご飯出来るまで晴矢と遊んでて、って…」
そう言った瞬間の、晴矢の顔。
もうなんか、コイツ何言ってんの?みたいな呆れ顔。
…いや、呆れ顔と言うよりは、私の言ってる事が信じられないような、そんな顔。
…意味分かんないね。
晴矢はちょっと待て、とだけ言って扉を閉めた。
そして30秒後くらいにまた扉が開いて、
「入れば?」
と目線で促してきた。
私はお言葉に甘えて、少し震える足で晴矢の部屋へと足を踏み入れた。
それは、まだ小さい子供が初めてプールに入る様なものだった。