BOOK
□で
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「私の、ため?」
トウヤは、私のために強くなった?
ち、がう。
そんな、そんなはずないよ。
だって、トウヤは――…
*
「おーい、春菜!」
「なに?」
あの時、私とトウヤはまだ13歳だった。
「ちょっとパフェでもくわねぇ?」
その頃、トウヤは異常な程モテていて。
都会に行って一緒に働いている私より、断然活き活きしていた。
「…ていうか、彼女居るのにいいの?」
「いーよ。アイツ、浮気してるし」
「…は?浮気?」
「…や、悪ぃ。言うつもりじゃなかったんだけど」
「…いいよ、話してみて」
なんだろうね。
お節介、じゃなくて。お人よし?
目の前のトウヤが、凄く切なそうに見えて。
だから、ついつい相談にのってしまう。
…それが、トウヤに乗せられているとも知らないで。
「トウヤはそれ、許せるの?」
「いやいや、彼氏なんだから許せる訳ねーじゃん」
「じゃあ、止めさせればいい」
「…それが出来たら苦労しねーよ」
私はその時、彼氏の立場からだと言いにくいのかなと思っていたんだ。
「じゃあ、私が言ってあげようか?」
「や、それはいいわ」
「…」
「…」
「…、力になれなくて、ごめん」
「はっ…? いや、ぜ、全然だって!」
「トウヤは私に相談した。でも、私はなにも解決できなかった。…それって、力になれてないって事でしょ?」
精神的に、病みがちな日々だった。
お母さんが居ない家庭。
強く、強く生きて行こうと決意したのに、私一人じゃ何も出来ない。
じゃあ、私はいらないんじゃ…?
そんな事を考えていたら、涙が出て。
目の前のトウヤがあたふたしているのが気配で分かる。
トウヤは、頼りにならなくて、女好きで、口も性格も悪いけど、一つだけ、とても得意な事があった。
「大丈夫だって。俺、春菜に話聞いてもらえて、すっごく楽になった」
「…嘘。…だって私、何もしてないし、何もできないもん…」
「そういう事じゃねぇんだよ。俺が!春菜に話したことで気持ちが楽になったの!お前は、聞いてくれてる″だろ?」
「…でも、聞いてるだけだよ」
「それでいいんだよ。俺はそれで楽になった。元気になったからさ」
トウヤはにこりと笑う。
…本当は、辛かったのは私の方だった。
支えてくれる人がいない生活。
自分が強くならなきゃいけなくて。
そんな日々に、私はきっと疲れて、呆れて、絶望して、困惑して、臆病になっていた。
もう、逃げたかった。
「…あのさ、春菜。俺、強くなるから」
「…え?トウヤは、強いよ」
「俺は、弱いよ。頼むから強いなんて言わないでくれ」
「…でも」
「今、すごく実感した。俺、弱いんだなって。…だからさ、待っててくれよ」
「…ま、つ?」
「俺は、絶対いつか強くなるから。その時こそ、本当に守るから」
な?と言って私の頭を撫でるトウヤ。
…この時の私は、本当にトウヤに助けてもらっていた。
だから、いつかが待ち遠しくもなったけど、私は頷く。
「絶対に、守るから」
「…彼女さんを?」
そう言うと、トウヤはがくりと肩を落とす。
そして、苦笑いで答えた。
「う、うん…、まぁ、そうかな…」
「そっか」
じゃあなんで私に言ったんだ、とかの疑問は全く浮かばなかった。
ただ、目の前に居るトウヤを元気づけられた事が、嬉しくて。
「…私、応援するからね。絶対強くなるって約束して」
「…ああ」
*
「…違うよ。ノボリ」
「?何が、ですか」
思い出した。思い出した…。
違うんだよ、ノボリ。
トウヤは、違う。
「…トウヤは、私の為に強くなったんじゃない」
「…根拠はなんでしょう」
「だって、トウヤは前に言ったんだ。強くなるって。でもね、私の為じゃなくて…彼女さん。彼女さんの為に、強くなるって言ってたんだ」
「…では、そのトウヤ様とその恋人は、今どうされているのでしょう?」
「えっ…。…、別れた、らしいけど」
「…トウヤ様は、守ると誓った女性を、そう容易く手放すような意志の弱い方でしたか?」
「…そういう訳じゃ、ないけど」
「私は、昔から長くトウヤ様の傍に居るのは、春菜しか居ないと…、そう、聞きました」
「トウヤ、が?」
「…ええ」
でも、トウヤと私はそんな関係じゃない。
あくまで友達なのに。
でも
…もし、そうだとしたら…?
今までずっと、トウヤが私の事を…?
トウヤがあの時守るって言った人は、本当は私だったら。
…すごく、すごく嬉しい。
トウヤが支えてくれる?
受けとめてくれる?
これからずっと、私は一人じゃない?
「…春菜…」
「…あっ…れ…、私…」
「…怖いのですか?」
「…っ怖い、よ…」
「…なぜ」
「ノボリと、離れるのが怖い…」
「…っ」
どうしてこんなにも、運命は皮肉なのですか。
どうして、もっと早くそのことを私に気付かせてくれなかったのですか。
ノボリと出会う前だったら、私はきっと迷うことなくトウヤの所へ行けたのに。
ノボリと出会ってしまった。
知ってしまった。
好きになった。
恋をした。
…ノボリは、私の事を認めてくれる人。
私の事を、分かってくれる人。
離れたら、あの楽しい日々だってなくなる。
…だから、怖い。
離れたくない。
「…春菜」
「…っう…」
ノボリの目の前で泣き崩れる私。
どうしたらいいのか分からなくて。
こんな、こんな時にそれを言うノボリに、酷いって思った。
でも、それがノボリ。私が好きになった人。
好きという気持ちは変わらなくて。
ノボリがそっと、私の涙を拭った。
「…私、貴方に言いたい事があるのです」