BOOK

□愛
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流石、というべきか、今日もギアステーションは人で賑わっていた。

すれ違う人を、少し名残惜しげに見詰めてから、私は鞄をぎゅっと握りしめる。

この風景を見るのは、これで最後なんだと悟りながら電車の時間を待っていた。


あの後、クダリはついてくると言って聞かなかったが、私が後で連絡する、と言えばクダリは渋々了承した。

ノボリは…、何時も通りだった。

最後の最後まで、冷静に、そして無駄にお節介だった。

なんだかんだ言って、やっぱりノボリは普通の日常に戻りたかったのかも。

そう考えると、ちょっとショックで。

でも、あの喧嘩した日も笑い話に出来る私は、大人になったのかもしれない。

ああ、そう言えば、子供子供って言われ続けてたなぁ、私。

それは笑えないかも、なんて。


ちらりと腕時計を見てみる。電車の出発まであと10分はあった。


思い出にふけっている時間は、十二分にあった。

ちょっと、暇かも。

…やっぱりクダリ、来てくれないかなあ、なんて横暴すぎるよね。

クダリはクダリで仕事があるし、今クダリが抜けるとノボリの負担が膨大なものになるし。

やっぱり、自分勝手な事は言うもんじゃないな。



時計を、見る。

後9分。


大きなため息をついてみた。

ノボリ、最後くらい見送りに来てくれたっていいのに。

これこそ自分勝手だと、自負はしている。

けど、今日で最後なんだから、こんな時くらい会いに来てくれたっていいじゃん。


…期待してみても、ノボリが現れないのは知っている。

まず、今日は平日だから仕事があるから忙しいんだろうし。

電車の時間だって教えてないし。

第一、私のこの、キャップにサングラス、といった格好では私だと分かるはずもないし。

分かった所で…、話しかけてくれるかなんて…。


それと、恩返しなんて私は出来ないと思っていたけど、ノボリとクダリにはしたいと思った。

私が本当に欲しかった愛を、二人はくれた。

私は邪魔じゃないって、クダリは言ってくれた。

この恩返しは、一生かかってもきっと、返しきれないと思う。


でも。

ううん、だからこそ。

凄く、感謝している。

家族はどういうものかって事を、教えてくれた。

今思うと、あれは運命だったのかもしれない。

私とノボリが出会った、あの日。

あの瞬間から、歯車は回っていて。


…こうなるよう、仕組まれていたんだ。



あと、5分。

私はきょろきょろとあたりを見回し、ノボリとクダリに見つからない様に、そっと、電車へと1歩踏み出した。
 

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