BOOK

□た
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「なに、やってんの?」



「見送りに参りました」


息を整えながら、淡々と、冷静に、ノボリは告げた。


「、仕事は」


「終わらせました」


そんな馬鹿な。

この前クダリに聞いた仕事の量を考えると、こんな短時間で終わるはずがない。

そんな思考とは相対に、心中、ノボリらしいと笑う自分が居た。


「…、そ、なんだ…」


「はい」


「…でも、よくわたしだって分かったね」


「ええ…その、小さいですから」


「うん、なんか色々感動を返して」


ノボリはノボリだった。

今迄の私のこの胸のときめきと感動を返して欲しい。

珍しく、不覚にも泣きそうだったのに。

それをこの男は無表情に、つーんとした顔でさらりと酷い事を。


けど、それが逆に、私の緊張を紐解いたり。


普通すぎる程、ノボリは当たり前のように話しかけてくれた。

嬉しいのは言うまでもないが、サングラスをしていて良かった。

ちょっとにやけた顔を見られたら間違いなくいじられるだろう。


「…後、3分ですよ」


「…うん」


腕時計を見つつ、ノボリが言った。

後、3分。

その言葉に落胆したのは言うまでもなく。

なんだか肩が一気に重くなった。



「…ノボリ、今までありがとう」


「…はい?」


「色々、私のこと、受け入れてくれて」


「ああ…、保育援助施設の教育者としての気持ちがよく分かりました」


「それ、私の事を子供って言いたいの?」


「元々子供でしょう?」


「あのね…」



私は呆れてため息をついた。

やっぱり、私の事まだ子供だって思ってる。

まあ別にいいんだけど…いいんだけどさ。

最後くらいは、大人の女扱いして欲しかったなぁ…、なんて。



「春菜、朝、昼、夜の食事は必ずとるのですよ」


「はいはい」


(っていうか、朝と夜を頻繁にとってない貴方に言われたくないけど)

心の奥底でくすりと笑ってみる。


「それから勉強も」


「はいはい…」


「あと、服は散らかしたままじゃなく、きちんとハンガーにかけてから…」


「分かったってば!」


「…本当ですか?」


「もう、どんだけ子供扱いしてるわけ?」


苦笑交じりに言うと、ノボリも薄く笑った。

そしたら、わたくしに言わせれば貴方はまだまだ子供です、なんて。

そりゃそうだけど、ノボリに心配されるような事じゃないと思うんだよね。


ノボリはノボリで、自分の心配だけをすればいいんだよ。



…いつか、恋人が出来て。

その人を心から愛せるようになって。

…その時に、私は本当にノボリは諦められると思うから。

子供だから相手にされない、なんて事は理由に入れない。

ただ、ノボリの目に私は異性として映っていなかっただけ。

それなら仕方無い。

仕方無いことなんだ。


だって私はまだ、子供なのだから。



「ねぇ、ノボリ。色んな事、あったね」


「…そうですね」


「喧嘩もしたっけ…」


「ああ…」


ノボリは空を見上げ、顎に手を当ててから言った。


「喧嘩というよりは春菜の嫉妬でしょう?」


思わず吹きそうになった。

まあ、嫉妬に似てるんだけど。

似てるんだけど、違うものなんだよ、きっと。

私の中では嫉妬にカテゴリーされていないからね、うん。



「嫉妬じゃない!そんなのあり得ない」


そっぽを向きながらそう言うと、ノボリは前の様にフッと笑った。

ああ、それ。それがムカつく。

大人の余裕って奴?


「じゃあ、あれは一体なんだったのですか?」


「え…、えぇと。……疑問、そう、疑問!」


「へぇ…」


「ちょっと、笑うの止めてくれる?」


へぇ…とか絶対分かってないよね。

まずくすくす笑ってる時点で馬鹿にしてる。

まあ、ノボリらしいっちゃらしいんだけど。


「春菜は馬鹿ですね」


「はぁ?」


いきなり何言い出すんだ、この男は。


「目の前にこんなにいい男が居るっていうのに、それを見過ごすなんて」


「…それ、ノボリの事?」


「他に誰が居ると言うのです」


「…ぷ」


ちょっと笑ってしまった。

ノボリが、なんですかその笑いとか言ってるけど耳に入らない。

ああ、そうだね。

確かにノボリは格好いい。

それも、飛び抜けて。

ギアステーションに遊びにきた日に見たのだが、ノボリの周りには常に女の子が居たし、(本人はうざがってました)家のポストには何通もの可愛らしい手紙(ラブレター)が入っていたりする。

それに、仕事をしている時の真剣な顔、普段とバトル時のギャップなど、惚れる要素などざくざく出てくる。

けどだからといって性格までいいとは言えない。

女の子からの可愛らしいラブレターが未開封のままゴミ箱に入ってたり、バトルが終わった後、ノボリが降りる駅で女の子が待ち伏せしている所にメガホンで「今からそこに爆弾が落ちやがりますので注意して下さいまし」とか言ってたり。(クダリ談)

意外ときちんとしてるかといえば、そうでもなかったり。

だって、私には朝昼夜ちゃんと食べなさいとか言っておきながら、自分は朝と夜全然食べてないなんて、そんなの。

心配するに決まってる。

ノボリは、よく人を心配するくせに自分の事は全然気遣わないのが癖になってる。

そこを本当に、直して欲しいと思う。



まあつまり、ノボリの顔は良くても、性格までは良くないと言うことだ。


「…そうは言うけどさ、ノボリだって、こんないい女が目の前に居るって言うのに見逃すなんて相当惜しいことしてるよ?」

「…ハッ」

「鼻で笑わないでくれるかな」





息を吐いて、目を伏せる。


あと、1分。

1分で…、ノボリとも、クダリとも、お別れ。

行きたくないなんて言わないよ。

けど、もう少しだけでも一緒に居たかった。

あんなに楽しくて温かい時間、過ごしたことなんてなかったんだもの。


最後まで素直じゃなかったけど、私、ノボリの事好きだ。

絶対、また会いに来る。



…だから。

さよならは、言わないよ。












風が私達の間を通り抜けた後、電車のコールが、鳴った。










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