BOOK

□す
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翌日、ライブキャスターから電話が来た。

お父さんからだった。

正直出たくない半面、今どうしているのかな、という不安も反面だった。

兄の事も心配で、家事なんかは半分を私が手伝っていた為どうなっているか気になる。

お父さんも兄も、洗濯物や片づけるのが大の苦手で、いっつも私がやっていた。

全く出来ないという訳ではないし、すごく困る訳でもないから問題には入っていないのだけれど。



…意を決して、テレビ通話に出てみた。



「、もしもし」


「もしもし?春菜か?もしもし?」


お父さん、だった。

懐かしい、お父さんの声。なんでか分からないけど、涙が出そうになった。


「お父さんだよ、分かるか?」


電話の中のお父さんの声は、とても嬉しそうだった。


「うん、分かる」


「そうか。…あのな、お前…その、今、友達の家に遊びに行ってるん、だったな」


「うん」


ああ、こんな回りくどい言い方をする時って、絶対何か隠してるときなんだ。

分かるんだ、分かる。何年も一緒に住んできたのだから。


「…友達…、の家だったな」


「うん」



嫌な気分。やっぱり電話なんかでなければ良かった。

少しだけ間が開いて、それからお父さんは言った。






「お前…、友達って、嘘…なんだろう?」








「…!?」





一瞬、息が詰まった。

言い訳なんてすぐに出来た。だけど、それが出来なくて。

言葉が思いつかなくて。口が動かなくて。

なんで知っているんだろう?


(ああ、トウヤか、)






「…、男、なんだろう?」




私はなんでか、酷く冷静で。



「うん」



焦るでもなく、反論するでもなく、誤魔化すでもなく。

冷たく、返事を返した。



それから、お父さんが黙った。

何を考えているのか、次の言葉がなんなのかくらい、私には分かる。







「お父さんな、…お前に、帰ってきて欲しいと思ってるんだ」







ほら、ね。

予想してた通り。

こういう結末になるって、分かってた。







「…うん」





「…明日…、いや、明後日でもいい。だから…頼む、帰ってきてくれ」




わたしは心の中でくすりと笑った。

そんな言い方、まるでわたしが喧嘩して家を出た見たいじゃない。

…いや、それに似てるのかな…?


わたしが家を出たのは、もういやだったから。

わたしの事を考えてくれてる人なんて、居ない家。

そこから出たいと思うことの何が悪いって言うの?

悪くない、わたしは、悪くないはずなのに。


罪悪感が、止まらない。

謝りたい、不安げに、わたしに戻ってきて、と頼むお父さんに。

不安にさせてごめんね、って。

やっぱりわたしが居ないと駄目なんだね。

…今がどうであれ、ここまで育ててくれたお父さんを、わたしは嫌いになれる訳がない。

やがて数十秒後。


わたしは、答えを出した。








「うん。分かった」









「!ほ、本当か?本当に、帰ってきてくれるのか?」










お父さんの喜んで弾む声を聞いて、わたしはふと思った。


(あ、)


わたしは…、なんて自分勝手なんだろう。

こんな、こんなにわたしを必要としてくれる人がいるのに。

わたしはそれを見て見ぬふりをして。自分ばかりが被害者になりすまして。






「うん…、…うん、明日で、いい」




それから日時を再び確認する。

わたしはあえて明日戻る、と言った。

それはつまり、明日、ノボリの家を出て行くと言う事。






テレビ通話を切る。

急に静かになったリビングに、わたしは一人、ソファでうずくまった。

目を閉じて、今までの1週間を思い出してみる。

…急に、ノボリが恋しくなった。




…ノボリ。

早く、帰ってきてよ。






会いたい…、会いたいよ…





























「ただいま帰りまし…、たっ?」



それからノボリが帰ってきたのは、10時間後だった。

丁度12時に、ノボリは帰ってきた。

わたしは、ノボリが帰って来るや否やソファから跳ね起きて抱きついた。

ノボリの、匂い。

女であるわたしが羨ましくなるような、良い香り。

ノボリはわたしの行動に疑問を抱きながらも、頭をぽんぽんと優しく撫でてくれた。




「のぼりぃ〜…」


「…とうとう正真正銘の子供になられたのですか?」


「…もう、子供でもいいよぅ…」



ノボリの声を聞いた途端、嬉しくて涙が滲みそうだった。



「…あの、春菜?」


「…何?」


「そろそろ玄関から出たいのですが」


「…やだ。このままがいい」


抱きついたまま、断固として離れないわたし。

そんな様子にため息をついて、ノボリはわたしを抱きあげた。

重いよ、とか可愛くない事を言おうとしたのだが、ノボリは絶対に否定してくるので止めた。


わたしはちょこん、とソファに座らせる。

あれ、こんな風景、前にも…



…ああ、一番最初にノボリの家に来た時?



「…ねえ、ノボリ?」


「なんですか?」


コートと帽子を脱ぎながら、ノボリは聞き返す。


「…、お腹、空いてない?」


「いえ、あまり」


ノボリは、何時も通りだった。

何も知らない。


もしわたしが今ここで、明日家に戻ると言ったらどんな反応をするのだろうか。

驚くのかな。悲しむのかな。

それとも、こんな子供が居なくなってせいせいするのかな。

わたしが居なくなって…喜ぶ、のかな?





「…ノボリ、」
「春菜」



名前を読んだ途中で名前を呼ばれ、つい固まってしまう。

ノボリはわたしのところへつかつかと歩いてきて、何かを探る様な目で肩を掴んだ。



「貴方、何か隠していませんか?」


「…わたし、は」


「…何か、あるのですね?話しなさい」


命令的な口調。

こんな真剣なのは初めて聞いた。



「…あの、ね」


恐い。

恐いよ。

もし喜ばれたらどうしよう。


"貴方が居なくなってわたくしも楽になりますね"なんて言われたら、どうしよう。

この1週間で、やっとノボリとの距離が無くなったと思ったのに。

…期待は、するな。

それが、わたしの頭の中でリフレインしていた。

わたしが居なくなったって、ノボリは何も感じない。

それどころか、厄介物が居なくなって快適に過ごせると思う。

わたしは、邪魔者だから。


だけど、だけどね。

わたしだって、欲しいものはある。

今なら、分かる。ノボリと一緒に過ごしてきて、不器用だけどしっかりと伝わった、家族の絆。

わたしはきっと、愛が欲しかった。

お母さんがいないわたしに、ノボリは優しく接してくれた…、と思う。

クダリは憂鬱なんて吹き飛ぶくらい楽しくて。

大好きだった。本当に、大好き。

今でも、大好きなんだ。

それがきっと、愛ってものなんだろう。

ノボリとクダリが、教えてくれた。

わたしに、愛をくれた。

それがきっと嘘ではないと、信じていたい。

否、例え嘘だとしても、わたしにそれが伝わらない様に、誤魔化して欲しい。












「わたし、明日、自分の家に帰るんだ」















「そうですか」










ノボリは、無表情だった。






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