BOOK

□ん
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何時も見たいにベッドで目が覚めた。

屈伸して床に足をつくと、リビングへと赴く。

カッターシャツ姿のノボリが優雅に珈琲を飲みながらテレビを見ていた。


「おはようございます」


「…お、はよう」


「…ではとりあえず着替えてきて下さいまし。朝食はそれから作りましょう」


ノボリは何時も下着姿でうろつくな、と私に注意して来る。

子供なのだから気にしないでしょ、って言い返してやったら苦い顔をしてクダリに誤解されるでしょう、って言われた。

…うん、本当にもう、私を子供として見ている訳ですね、ノボリは。

もちろん私はそんな忠告は聞き入れないが。

だってこっちの方が動きやすいんだもん。

パジャマとか寝巻とかは律儀な人が着るもんだよ。


鏡を見てみると、目が腫れていた。昨日泣き過ぎたかな…

だけど、昨日より少しだけスッキリした自分が居る。

詳しい事は何も聞かずに、ただ私をあやしてくれたノボリ。

なんて感謝をしたらいいんだろう。





黒のゆるい長袖のトップスを来て、灰色のショートパンツ。

肩より少し長い髪の毛は、右でひとくくりにしてみた。

うん、動きやすい動きやすい。

私は容姿云々よりも軽装を重視する方だ。

だってそっちの方が動きやすいでしょ?


顔を洗って歯磨きをする。それからリビングに出ると既にノボリが朝ご飯の支度をしていた。


「ノボリ」


「おや、案外早かったですね。今日の朝食は何にしますか?」


「なんでもいい」


「…なんでも、ですか」


顎に手をあてて考える仕草。

…まあなんでもって言うのが一番困る返事だよね。


「…では、トーストにココアでよろしいですか?」


「うん」



私が返事をすると、ノボリは食パンを切り始めた。

そういえばノボリって、料理なんてもできるよね。

女である私が羨ましくなるくらい。





…その、料理を…、彼女さんの為にとか、作ってあげてるのかな。



急いで頭を横に振った。

何、ショックなんか受けてるんだ、自分。

もう覚悟したはず。ノボリだって大人の男なんだから。

しかも、ノボリは私になんの興味ももってない。

ただ、ノボリが優しかったから同棲させてもらってるだけ。


「できましたよ」


コトリ、とテーブルに置かれた1枚の皿とコップ。

皿の上にはバターと苺ジャムがのるトーストが2枚ほどのせてあった。


「ありがとう」


お腹が空いていたので、さっそくかじらせて頂く。

うん、美味しい。苺ってやっぱり最高だと思う。


珈琲片手にじっとこちらを見詰めるノボリ。

…そ、そういえばノボリって…、今日仕事どうしたんだろう?

ちらり、と視線を外す。

もう一口食べてから、思いきって聞いてみた。


「…今日は仕事、ないの?」

「えぇ、まあ。…それより、気持ちの整理はつきましたか?」

「へ?」


何の事か分からなくて首を傾げる。



「昨晩、急におお泣きしたでしょう?メンタルは大丈夫なのですか?」


ああ、そういうことか。

…ノボリって、案外私の事心配してくれてるんだ。


「…うん」


ゆっくり、小さめに頷く。

本当は、大丈夫なんかじゃなくて。

ちょっと不安だったり。

だけどそれを悟られたくなくて、私は頷いてしまった。


「では、話してもらいましょうか」


なんか、ノボリがものすごく黒かった。

一瞬で顔に影が出来てた。


「…え?なに、を?」


分かっていてあえて聞いた自分。

おいおい、言うのすごい恥ずかしいんだけど。

ノボリはにっこり笑う。恐っ。


「なぜ春菜は昨日、唐突におかしな事を言いだして家を飛び出したのか。…それをできれば細かく説明して下さいまし」


噛みそうな台詞をすらすらと言ってのけるノボリ。

今日のノボリ恐い。

ブラックトウヤならぬブラックノボリだよ。


…はあ、絶対これ、実は怒ってるっていうパターンだよね。



「…えーと、実は…」


私は腹をくくって話す事に決めた。















「…と、いう訳」


全て説明し終えた頃、ココアは無くなっていた。

ノボリは私が説明している最中、一言も発さず聞いてくれた。

…こういう所、真面目だよね。なんか無駄に。


「…成程。貴方の勘違いも含めてそれは…」


ノボリが顎に手をあてて、私を見詰める。




「嫉妬、ですね」



ぼんっ。

し、ししし、嫉妬?

私が?ノボリに?

あり得ない!

あり得ないっていうのに、私の意志とは反対に顔はどんどん赤くなっていく。


「ち、ちがう!あれでムカついたのはノボリが仕事しないで女の子と笑ってたから!というか、私の事を子供と思ってる相手に恋なんかしない!」


あたふたしながら赤面していうと、ノボリはフッと笑った。

あ、何それムカつく。


「顔が赤いですよ」


「ちーがーうー!!」


ノボリの指摘に更に顔が赤くなる。

地団太を踏みながら反論するも、ノボリはにやにやしながら私の悪い所ばかり突いてくる。

なんだこいつ、こいつ、こいつ!


「…そしてもう一つ、貴方は盛大な勘違いをなされていたようで」


「…勘違い?」


はぁはぁと肩で息をしながら着席する。

自分もそれは気になっていた。

勘違いとは、何が一体どう違うのか?


「まず、いいですか?」


「…うん」


「わたくし、女性と抱きあってなど居ません」


予想外の言葉に固まる。

え?だって、あの時確かに抱き合ってた。

見た、私はちゃんと見たはず。


「更に言えば、あの女性とは初対面です」


「へ?」


しょ、初対面!?


「…わたくしがたまたまあの場を通りかかった時、あちらの女性がこけかけたのでわたくしが受けとめた…それだけの事です」


「…う、けとめた…」


拍子抜けした。

じゃあ、私は今まで勝手に勘違いで怒ってたって訳…?


そう考えると、ものすごく恥ずかしくて、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

…ホントに、思い込みが激しいと言うか。


「…笑っていたのは多分、愛想笑いだと思いますが。相手がお礼を言って来たのでそれに答えた時に出たものでしょうね」


…なんかもう、私って色々と駄目だと思います。

全てが全て、勘違いだったって事だし。

そう考えたら、ノボリが嫉妬って思う訳も分かる。

…嫉妬じゃないけどね。


何故か咳払いして、ノボリが少し小さい声で言った。


「それに、貴方が言える事ではないでしょう?…貴方だって…トウヤ様と、その、デート、をしてらしたのだから」


…。

視線が泳いでる。

ノボリが目を合わせてくれない。


…これはもしかして、


「…嫉妬?」


「な!?違います!誰が貴方の様な子供に嫉妬など…!」


「あーはいはいそうだねごめんね」


やっぱり子供としか見てもらえて無かった。

ちょっと期待してみた私が馬鹿だったわ。

そんな事を言われた私は、文句の一つや二つも零してみたくなる訳で。


「そりゃあさ、ノボリには美人で大人な彼女さんが居るけどさ、ちょっとくらいはわたしを女として見てくれてもいいじゃん?」


テーブルに突っ伏してそんな事を呟いてみる。

すると、向かいに座っているノボリが目を大きくした。

…へ?


「…あの、わたくしに恋人なんて居ませんが」




…はい?




「…今なんて?」


「ですから、わたくしに恋人など居りません」






…。






「えええええぇ!?ノボリ、彼女居ないの!?」


驚いて身を乗り出した私に、ノボリもびっくりしている。

しかしすぐに冷静に戻ってこほん、と咳払いした。


「―…大体、わたくしが恋人を作る様な人間に見えますか?」


「…あー、全く見えないな」


「何かムカつきますけどそうでしょう?」



…そこまで考えてハッとする。


…彼女の居ない男の家に二人きり…




「………!!」


「春菜?」



し、しまったああ!

彼女居るんだったらどうせ私、子供にしかみられてないんだから手とか出されないでしょ、とか今まで思ってたああ!!

でも待て、今もどうせ子供にしかみられてないし?


ちらり。


「…春菜?」


駄目だああ!!

私はすぐに視線を外した。ノボリは首を傾げている様だ。


なんか直視出来なくなってる。

もしかしてノボリに恋してるの?嫌だ、あり得ないって、そんな事。


つーか心臓うるさい黙れ。



これもきっと勘違いだよ勘違い。

ノボリはだってホラ…私の事子供と思ってるし。

恋人というより親子みたいな関係だし。


そう思うと、不思議と胸のもやもやがとれた。

おお、いいねコレ。今後も使おう。




「…あ、そういえばノボリ、なんで今日仕事ないの?」


「今日はトレインの清掃日ですから。業者が来て3日がかりで全ての車両、線路を清掃し、無線などが正常に作動しているかの確認でもあるのです」


「ふーん」


色々と面倒な事もあるんだなあ。

…ん?待てよ、3日?


ってことは、ノボリと3日間ずっと家に居るって事!?



「…3日間、朝も昼も夜も一緒って事…?」


「…そう、ですね。もしかしてご友人とお出かけになる予定でも?」


「いや、それはないけど」


うわ、否定しちゃった。

私寂しい人みたい。




「…では、わたくしにとても良い案があるので聞いてもらってもよろしいでしょうか?」








あ、ブラックノボリだ。











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