BOOK

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彼女さんとノボリが離れた後、ふと、目が合いそうになった。

私は急いで目を逸らす。

おかしい、おかしいよ。

心臓がバクバクなって止まらない。

何コレ、おかしい、気持ち悪い。

誰か助けて、誰でも良いから――



「はい時間切れー」


ズビシッ!!


「ぴっ!?」


後ろから思いっきりチョップをくらった。

声からするとトウヤだろう。

…いやいや、誰でもいいからとは言ったけど、この人はないでしょ…


「おまえさ、俺の呼びだしに8秒も遅れるなんていい度胸してるじゃん」


「いや、あの、これには事情が―」


言おうとして、止まる。

そうだ、思い出してみればノボリの彼女さんが居たんだ。

まさかあんな所で抱きあってるなんて。

…大胆とか、そういう想いもあるんだけど…


一番は…



「…俺を待たせるほどの事情なのかよ」


「…」


「…?春菜?」


「え、あ…ごめ、聞いてなかった…、何?」


「…いや、もういいよ」


「…ごめん」



トウヤが頭を撫でてくれた。

珍しい事もあるもんだ。

なんだか、頭が真っ白になって何も考えられない。

喋ろうにも口が重くて動かないし、何、コレ。

本当に嫌だ、これじゃまるで。


(私がノボリの事好きみたい、)


ないないない、あり得ない。

いつもと違う大胆なノボリにちょっと動揺してるだけ。

落ち込んでない、自分を保て!

唇を噛んでみると、意外に落ち着いた。




「…ごめん、なんだった?用事」



振りかえってトウヤを見る。

するとトウヤは少し気まずそうに頬を掻いた。

?はっきり言えよ、男なんだから。



「…いや、ちょっと声が聞きたくなって」



…。



「気持ちわるっ…。何?あんた私の事好きなの?」


口元を抑えてそう言えば、トウヤがブチ切れた様に言った。


「ちげーよ馬鹿!自惚れんな!お前は女じゃねーし気が楽なだけなんだよ!」


女 じゃない。

…言わせておけば、コイツ…!


「あーそう、それはすいませんでした!じゃあなんで私なんかを誘ったのかなあ?あ、そうか誘う女の子が居ないんだだっせーぷぷ」


それから10分ぐらい口論が続く。

お互い息切れが凄かったので、とりあえず水分補給に喫茶店に行こうと言いだした。


「もちろんお前のおごりでな」


「ぇ」
















「…で?なんで私なんかを誘ったの?」



私はクリームメロンソーダを頬張りながらトウヤに尋ねる。

一方トウヤは流石ブラックトウヤさんと言うべきか、珈琲(無糖)を飲んでいた。

…不味くないんですか。


「だからさっきも言っただろ、声が聞きたくなっただけだって」


「…。ねえ、もしかしてトウヤって私の事「違うっつってんだろぺったんこチビ」


うわ、コンボ技してきやがった。ダメージ2倍なんですけど。


「じゃあ、予定は未定な訳?」

「そうそう、今から決めちゃおうぜ」


…まあ、実際こういうことは少なくない。

トウヤと遊びに行ったりは結構あった訳だし。

途中でトウヤのポケモン自慢もうざかったなあ…



「…というか、もう喫茶店でぐーたらしてればよくない?」


「はあ?何ソレ、お前それでいいのかよ」


「いいから言ってんだけど」


「…あーそう」


珈琲(無糖)啜りながら、呆れた目つきでこちらを見る。

一方私は追加でパフェを頼んでいた。

まあ、話しという話しもない訳で…流れは当然、あっち方面へと行く。

あっち方面?そりゃもちろん、恋バナでしょ。



「トウヤ、最近どーなの?」


「はあ?何が?」


「彼女!前の可愛い彼女どーしたの?」


彼女と発言して、ノボリさんの事が頭にチラついたが、頭を振って考えないことにした。


「あー…別れた」


そう言った瞬間、咽そうになる。

甘いクリームをなんとかごくりと飲み込む。


「なんで!」


「言うほど可愛くねーし、話しもつまんないしヤらせてくんなかったから」


「…ヤらせるってまさか、」


「セックスですけど」


「あーこりゃ彼女さんも別れるわ」


一口ぱくり、と口に含んで頷く。

トウヤって基本性欲の塊だからねー。

相手するのは疲れるよー。

…まあ、そんな私は処女ですが何か?


大体さー、とトウヤは続ける。


「付き合ってんだから、一発くらいはヤらせてくれてもいーじゃん、って話じゃね?」


「いや、無理やりは駄目だろ、やっぱり」


「俺、彼女に禁欲命じられて一週間抜けなかったんだよ!分かるか?その辛さといったら…」


ごめんなさい分かりません。

そう言えばトウヤはがっくりとうなだれた。

自分で話を振っておきながらなんだけど、只今私はパフェに夢中な訳で。



「…で、今現在はフリーなんだー」


「ま、そういう訳だな」


「あては?」


「あるよ。ギアステーションに居る可愛い駅員!アレヤバい、写真で抜ける」


キモイ。

心の底からそう思う。いや冗談じゃなくて本気で。

トウヤって顔良いからそれだけで騙される女の子が可哀そうでならないよ。


「俺の美貌にかかれば一発だな」


「はいはそうですね〜」


ぱくり。

うん、ここの喫茶店のパフェ、やっぱり美味しいけどこの前クダリに作ってもらった方が美味しいかも。

まあ、これはこれでいけるけど!

ぱくり、ぱくり。

あぁ…、幸せ。



「…お前もさ、変な女だよなー」


「あぁ?」


「昔から一緒に居るってのもあるんだろうけど、俺の女友達の中で彼女にならなかったのって唯一お前だけだからな?」


「へー」


興味無いし。

適当に返事を返して、ぱくり。

やっべ超うまい今なら死ねる。

私が極楽浄土に逝きそうな雰囲気でパフェを頬張っていると、トウヤはがっくりとうなだれていた。



「昔から、いらないもんはすぐ手に入って、本当に欲しいもんは中々手に入らないんだよなぁ…」


「…何の話、?」


ごくん。

あ、このメロン美味しい。


「お前も…」


いや、なんでもない。そう言ってトウヤは珈琲(無糖)を飲み干す。

?何時にも増して変な奴。



「…お前さ、家、俺の隣だろ?」


「うん」


「…早く帰ってこいよ?お前のお父さんもお兄さんも心配してる」


「…やだ」


はあ、とため息をつくのが分かった。

…トウヤにも、心配されたり迷惑かけてた?


食べかけたスプーンを止めて、ふと、口が動いてしまっていた。




「ねえ、トウヤ」


「あ?」


「私って、邪魔、なのかな」



「…何だよ、急に」



「あのね、ノボリの家に私、住ませてもらってるでしょ?」



「ああ」



「だからね、」




不安に、なるんだ、



私さえ、いなければ、って。


私さえいなければ、皆幸せなんじゃないか、って。


ノボリには、彼女さんが居る。


だけど、私みたいな子供がノボリと一緒に住んでる所為で彼女さんとの時間を邪魔してるんじゃないかって、思うんだ。


お父さんのときだって。

私がいなければ離婚なんかしなかったんじゃないかな、私がいなければ兄に迷惑がかからんかったんじゃないかな。


不安になる。私は何のために生きてるんだろう。

生きてこなかった方が良かったんじゃないかな、って。

…だけど、私にだって欲しいものはあるの。


それがなんなのか、知りたくて。



私、居ない方が良かった?

私、何を求めてるの?





「ねえトウヤ、分かる?」


気付けば、あの夜のように、自分を自嘲したような笑みで泣いていた。


「この痛み。この虚しさ」


「…春菜」


「欲しいの、欲しい。でも、それが何か分からない、この苦しさ、もどかしさ」


トウヤは泣いている私の頭をくしゃっと撫でた。

…くすぐったい。

くすぐったいよトウヤ。


「…そう思うなら、家に帰ってみろって」


…ああ、まだそんな事言うんだ。

トウヤって、毒舌だけじゃなくて残酷なんだね。



涙を拭ってくれるその手に、少しだけ温もりを感じた。


それは、初めてノボリにあった時頭を撫でてくれた時の温もりに似ていた。


あの時も、今も、泣いていたからかもしれない。









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