BOOK

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今日はクダリが途中で抜けだした残業の所為で帰るのが遅くなってしまいました。

春菜はもう寝ているでしょう。

全く、大人なのか子供なのか分からない年頃は対応に困ります。

普段は適当にあしらってはいますが。



「ただいま帰りました」



返事が帰って来ないあたり、もう寝ているものかと思いましたが、電気がついているあたりもしかしてまだ起きている…?

ソファを覗くと、春菜がすやすやと寝息を立てて寝ていました。

成程、これでは返事は出来ませんね。

ため息をつきつつ納得。

やれやれ、疲れているのですがベッドまで運ぶしかないでしょうね。

コートと帽子をとった瞬間、テーブルから良いにおいが漂ってきました。

ちらり、とテーブルを見やると、そこには夜食にしては豪華すぎる夜食が置いてありました。

…もしかして、春菜はわたくしを待っている間、寝てしまったのでは?

なんだか申し訳ない気持ちになり、春菜を再び見詰めました。


そっと起こさないそうに抱きあげてからわたくしは驚きました。

この子は布で出来ているのでしょうか。軽すぎる。


…やはり、クダリが言っていた事は本当だったようですね。

お金も少ないですが10万円程置いておいたので、今日は食べたと思いますが…

…まさか、あの10万円でこれを…?

わたくしの為に…?



ベッドへと彼女を下ろした瞬間、ん、と小さく声が聞こえました。


「起こしてしまいましたか」


「…のぼり…?」


呂律の回らない舌が、子供という事を物語っている。

まあ、普通の親、ならば、愛らしい…場面なのでしょうね、ええ。


「ノボリ、ご飯作った」


「ええ、豪華な夜食でした。後で頂きます」


「今、今食べて、」


「…今ですか」


「今」


ああ、本格的に起こしてしまった。

春菜はわたくしの後をぺたぺたとついて来て、椅子に座りました。

そして、じっと無表情でこちらを見詰めています。

…若干食べ辛い…

少しだけ温かい肉じゃがを箸でつまんで食べてみる。


…、これは…



「美味しい…」


「本当?」


安心したよう春菜は、にへらと笑みを魅せました。

お世辞などではなく無意識に出てしまった言葉。

何より、味よし見た目よし匂いよしに驚いた所存です。

子供子供と言って来ましたが、料理が得意とは意外でございました。


「…春菜は、食べたのですか?」


「ん?何を?」


「夕食です」


「あぁ…食べたよ」


その言葉に安心しました。

もし食べてないなどと言ったら、ただでさえ細い体が骨だけに…、なんて事もあり得るかもしれないのですから。


「現金を置いておいたのですが、あれを使ったのですね?」


「うん、置いてあったのでいいかな、って思って」


「して、残金は?」


「4万6千200円。ごめん、いっぱい使っちゃった」


ほう。やはり遠慮はなさらないお方なのですね。

するともしかするとこの食材、ものすごい高級なのでは?


「まあよろしいでしょう。というか、食材に5万も使ったのは逆に凄いですし」


「…は?」


「…はい?」


何か変な事を言っただろうか。

春菜は目をパチクリさせてわたくしを見ている。


「…あの、さっき言ったのは使った金額じゃなく、残金だよ?」


「?はい、ですから食材に5万も使ったのは凄いですね、と…」


「…話聞いてる?理解できてる?働き過ぎて頭おかしくなっちゃったんじゃないの?」


「は?何を仰られているのですか、貴方は」


「いやいや、だから私、1万も使ってないじゃん」


…おかしい。

話が矛盾しています。

彼女の方こそ大丈夫なのだろうか。

自分で言っている事がかみ合っていません。


「ですから、一旦整理させて頂きますと」


「うん」


「まず春菜はわたくしの為に食材を買いに行かれたのですよね?」


「はい」


「そして間違いなく現金を使った、と」


「イエス」


「残金は4万6千200円」


「その通り」


「10万引く4万6千200円は4万3千800円。ですから5万円近く…、」


「ちょっと待った」


険しい顔をして、春菜がわたくしの言葉を遮りました。

え、何ですか。

計算が間違っている事などあり得ないし。


「…10万?」


「…それが何か?」


「封筒の中には5万円しか入ってなかった」


「そんなはずは、わたくしは確かに10万円入れ――…」



ハッと、そこでクダリの顔が思い浮かぶ。

…もしかして、今日気持ち悪いくらいご機嫌で作業をしていたのは。


春菜も同じことを思ったらしく、二人で顔を見合わせ、同じタイミングで



「「…クダリか」」


と呟きました。



春菜の手料理の味を忘れない様に、クダリを説教する羽目になりました。


いやしかし、本当に意外でございました。


もしかしたらわたくし自身、彼女の事を子供と思っていないのでは…?


らしくない事を思ってみましたが、春菜の胸を見ればそんな不安は消え去りました。


ふむ、やはり子供は子供のようです。



(ノボリが私の胸を見てフッと笑った事にすっごい憤りを感じたんだけど、これはどういう意味なんだろう)

(つまりお前がガキって事だろ)

(トウヤ黙れ)

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