BOOK
□ま
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いつものように、ノボリが夜遅く帰ってきた。
私は慣れた様子でおかえりなさい、と言う。
まるで親子だ、と自嘲気味に笑ってみる。
相手が全く自分を意識しないのは有難い事でもあるが、虚しくもなる。
お風呂上がりで、タンクトップに下着。
下はパンツ以外履いていない。
そんな恰好でソファに座りながらテレビを見ていた。
その様子に、ノボリは無言でシャワールームへと行き、タオルを持って帰って来たと思えば私の膝の上に乗せた。
ん?これは一体どういうことだ?
「一応女性でしたら恥じらいの一つでも持って下さいまし」
ノボリが仏頂面で言う。
「子供には行きすぎた配慮だと思うけど」
テレビを消して、立ち上がる。
ノボリを睨めば、彼もまた、こちらを睨んでいた。
「ですから一応と申し上げたでしょう」
「あっそうそれは失礼致しました。子供はそろそろ寝る時間なんで!」
ノボリと同棲していくうちに、だんだん図々しくなってきた私。
ベッドに潜り込んで、ため息をつく。
前髪が目にかかって鬱陶しかった。
(違う、あんな事言いたいんじゃない)
本当は私なんかいなければ、とか、一人で居る時間はふと考えてしまう。
私がいなければ、お父さんとお母さんは離婚しなかった?
お兄ちゃんは私みたいな子に苦労する事もなかった?
…私なんかいなければ、ノボリは、私なんか見つけて居なくて、こんなお荷物を背負い込むこともなくて。
どうせならもっと気のきいた事言えば良かったかな。
お料理とか、作っておけばよかったかな。
(おかえり、お疲れ様、とか…)
言えば、良かったかな。
私は、何が欲しいんだろう。
毛布を被ったまま、上半身だけ起こして、手を握り締め、気付けば泣いていた。
自分の小さな手は、一体何を求めているの?
声もなく、音もなく、ただ静かに涙を零した。
自分でも、驚いた。泣いてる、私が。
お父さんの事なんて嫌い。だから別に、会えなくても寂しくなんかない。
けど、お母さんには会いたい。
お母さんの温もりに、触れたい。
お母さんって、呼んでみたい。
何気なく、眠そうな声で、甘ったるい、不機嫌そうな声でお母さんって呼んでみたい。
それが日常的になればいい。
そうしたらもう、他の子がお母さんって呼ぶのを聞いて羨ましくなくなるだろうから。
一度だけてもいい。たった一度だけでもいいから。
お母さんに、会いたい。
その時、静かに扉が空いたような気がした。
けれど、誰も入る事なく間もなくして、パタン、とゆっくり扉が閉まる音が聞こえた。
ノボリ…?
でも良かった、入って来なくて…
こんな顔、見せたくないよ…
(明日の夜は、晩御飯でも作ってあげよう)
それから数分後、私は泣き疲れたのか倒れるかのように寝入ってしまった。
「…おやすみなさい、春菜…」
寝静まった頃にノボリが私の寝顔を優しく撫でていた事なんて、私は知らなかった。
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