BOOK(進撃)
□7
1ページ/1ページ
今日は丸一日訓練が休みだった。
特にすることもなく、おじさん充てへの手紙を書くことにした。
こんな風に私がなってしまったのを、おじさんはまだ知らない。
それは私が訓練兵団になった事ではなく私がこんな人間になってしまった事を、だ。
もちろんそんな事を手紙に書く気はないが、今までお世話になった人だ。体の調子はどうなのかくらいは聞いておこうか。
そうと決まれば、さっそく便箋とペンを買いに町へと繰り出した。
町はにぎやかだ。
人々の活気溢れる場所もあれば、王都の地下街なんかはゴロツキの集まりでもある。
…別にゴロツキが怖いとかそういう訳じゃないが、何故あれを放っておくのだろうか。王政は。
もちろん巨人の出現によってそれどころじゃないという言い訳も分かるが…。
…いや、そっちの所為じゃないか。
元々溜まるほうが悪い気がする。私個人の意見で言えば。
こんな絶望の世紀だ、どうでもいい、と何もかもを放りだす人は少なくないだろう。
減に今は…失業者があり得ないくらいにホームレスとなってそこらへんに滞在している。
王政の方もあれの対応を迫られているらしいが…。
何か、動きを見せる気はあるのだろうか…。
もしかして失業者を一片に片づける方法でも考えているのだろうか。
……何を考えて居ようと、どっちでもいい。
私は巨人を殺すためだけに調査兵団へと入るんだから。
なんて周りをうろつく失業者をちらりと横目で見ながら考えていると、目当ての店についた。
この店は品ぞろえがいいと評判の店。
だけど、知る人ぞ知る、というキャッチフレーズがついている所為もあり店を見つける事はなかなか難しいと言う。
私は細い路地の先にある入口を見て嘆息する。
(店開く気あったのかよ…こんな所に立てて)
…そりゃ、見つかりもしないはずだ。
とにかく店に入り、目当ての物を探した私は、喉が乾いていることに気付く。
そうだ、まだあそこはやっているのだろうか。
私が小さい頃から通っていた…あの店は。
…マスターはとてもにこやかで、いつも私にお菓子をくれた。
ただ、私とは正反対に、調査兵団を英雄のように称えている。
…あんなもの、ただの仲間殺しの集団にすぎないっていうのに。
小さい頃はよくキャンディをもらいに通ったものだが、訓練兵団に入団してからはさっぱり足が途絶えていた。
その店に決め、久しぶりのマスターの笑顔を見れるかと思うと、少しだけ…頬が緩んだ。
「いらっしゃい……って、春菜…か?」
「…久しぶり」
「なんだい、随分色気づいてんじゃねぇか!」
「最後に来たのは2年前だっけ…?」
「ああ。急にお前さんが来なくなって、何事かと思ったが…風の噂で訓練兵団に入ったと聞いてなぁ」
オープン席に座り、とりあえずアイスティーを一杯頼んだ。
…風の…噂…?
…誰だろう。
私はまだ…一人にも訓練兵団に入ったなんて報告した人物は居ないのに。
…ただ…おじさんになら、入る、と啖呵を切ったのを覚えている。
「まあ、お前さんが来なくなった間に、ここも随分有名になったもんだがな!」
「ふーん。確かに前よりは増えてるみたいだね」
「そうだろそうだろ。しかも、今日は滅多に現れねぇお偉いさんが来てるんだぜ!」
「へぇ。誰?」
アイスティーを口に含み、聞いてみる。
興味なんて更々ないけど。
「…え?…春菜、分かるだろ?」
「はぁ?…何が?」
「ほら、お前の隣に座っておられる…」
マスターが耳打ちでそういうもんだから、私は右隣を向く。
…こいつが偉いさん…なの?
このガキっぽくて、短髪で、私が言えないけど背が低い、コイツが?
…ただ私が感じたのはなんとなく隙がなく、その鋭い眼つきにはただならぬブランクがあるように見えたのと、驚くほど綺麗に整った顔立ち。
その他は近寄りがたい、話しかけにくい、などの負の印象しかないけれど。
…こいつが偉いさん?
…。
兵団…の連中だと思う。
配属は、どこなのだろうか。
もしかして調査兵団だったりするのか。
それをマスターに聞こうとした時、その男が私の視線に気付いて訝しげな目線を向けた。
「…なんだ」
「…別に」
「お前…、あの時の訓練兵の奴か」
…は?
…顔を覚えられている?
しかも、あの時って何…?
私達が前に会ったことがあるような言い回しに、再びそいつの顔を見る。
…知らない。
こんな顔、私は見た事ない。
「…だったらなんなの?大体、あんたと私は初対面でしょ。意味深な言葉発するのやめてくれない」
「やっぱり覚えてねぇのか」
「…?なに、が」
「さぁな。覚えてねぇなら別にいい。どうでもいい事だしな」
覚えて…ない?
どういう事?
私とこいつ、前にあった事があるって言うの?
接触して、話した事があるってこと?
…なんだ、なんだこの苛立ち。
私はこいつなんかに興味ない。ただこいつが言ってる事が気になるだけで。
ムカつく。大人っぽい言動も、言葉のかわし方も。
「そこまで言っといてなんで黙るの?覚えてないってどういうこと…?」
「知らん」
「知ってるでしょ」
「面倒くさい」
「私が気になるから言えって言ってんだよ」
「…」
少しイラついて本音を言えば、男はちらりと私を見てからまた珈琲を啜った。
…なん…なの…!?
この人と私、何があったの…?
……知りたい。すごく知りたい。
この時、私は無意識にこの男にも興味をもってしまった事を知らなかった。
「大体、あんたどこの配属のお偉いさんなの。こんな年下の奴に敬語もなしに喋りかけられてキレないってどういうこと?」
「俺は、所属先を言うつもりはない。…、それと喋り方は腹立つが変えろとはいわねぇ。お前の好きにしろ」
…私の喋り方に腹立つって事は、やっぱり普段敬語とかが行き交ってるんだ。
…だけど。どうみても私の目にこいつは偉い人のようには見えない。
―――いうなれば、…無法者で、誰の指示にも従わなさそうで…それでいてたくさんの人を従えていそうな…。
(………ゴロツキ)
「おい」
ハッとなる。
男が私に話しかけてきたのに思考が止まった。
「…なに?」
「お前、配属先は決まってんのか」
「…な、んで…お前に言わなくちゃいけないのよ」
「そんな義務はねぇが、俺の部下になるかもしれん奴だったら聞いておこうと思っただけだ」
…部下。
…ってことは、こいつやっぱり偉いのか。
―――言うつもりはなかった。
なかったけど、…口が…勝手に。
言葉を紡いだんだ。
「…調査兵団」
ぼそりと呟いた言葉に、男は私を見た。
「……私は、調査兵団になる」
「…フン。毎年大量の死亡者が出るのにか?」
「あれは指導者が悪い。あんな指揮下で任務を行ってたら全滅は必然だ」
「…てめぇ、それは、」
「最も」
私は、今の調査兵団を知らない。
もしかしたらすごい人材が見つかっているのかも知れない。
有力なエースが組織を仕切っているかもしれない。
…だけどそれでも私は。
(調査兵団は、憎むべき存在だ)
「今の団長なんか…知らないけど」
顔を鬱むせて暗い影が落ちる。
2年前の事を考えると、どうしてもあいつが許せないんだ。
…あの2年前の調査兵団団長が。