BOOK(進撃)

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「春菜、だよね?」



朝、皆が雑談する食堂で一人でパンを食べていた。

あの一軒から女にまで噂が広がったようで、もう誰ひとりとして私に話しかける奴は居なかった。

そんな誰も近寄ろうとしない私に、一人の女が薄く笑いながら近付いて来た。

…気持ち悪い。



「…なに?てか、呼び捨て?」


「いいじゃないか。仲間だろ?」




その言葉に、私はその女の胸元を掴み上げた。




「…次、今見たいに思ってもない事言ったら………歯、無くなるぞ?」


だけど昨日の女とは裏腹に、その女の表情は読めなかった。

…妙なゴーグルをかけているからだろうか。

その奥で冷静になにかを分析しているようだった。

…変な奴だ。気持ち悪い。


「なんだよなんだよ、乱暴な奴だなぁ」


パっと服を離して、そいつを無視しながらスープを飲んだ。

中性的で、それでいてどこか天才めいた顔をする女は手で直す様にゴーグルに手をかけた。


…邪魔。

なにこの女。

私の、何が目当てで近付いてきてるんだ…。


「ま、いいや。私はハンジ。ハンジ・ゾエ。よろしくね」


差し出された手を、じっと見下す。

…別にこいつ…、ハンジに恨みがある訳ではないが、友好的な奴は嫌い。

何時か裏切って私を殺すもの。

直接的ではないにしろ、何かしら間接的に。

…ハンジは、苦笑しながら手をひっこめた。



「なーんか近寄りにくいなあ。私は全然嫌いじゃないのに、君のこと」



近寄りにくい?

…それはそうだ。

だって私は、近寄って欲しくないから。


「私って変わり者だから、ちょっと皆から距離置かれてるんだよねぇ」


アハハ、と笑ってみせるが、目を見れば分かる。

それは、周りの奴らなんか気にしてないって風の目だ。

気持ち悪い、と思ったけど、興味ないと思ったけど。

…もしかしたら。

こういう奴なら、生き残れるのかもしれない。


「だから春菜なら私と気が合いそうだなーって」


口だけのうざい仲間意識。

苦痛と薄っぺらい友情、独り身の孤独さ。

天秤にかけたら私は迷うことなく後者を選ぶ。

温かさ?そんなのはいらない。必要ない。

生きて行く上で何も活用できない。




「…どういう理屈で?」


「いやー、君も相当な変わりもんじゃん?暗いし全然喋んないし。…だからさ」


「…確かに。私と話してる時点で変わりもんだね」


嘲笑うかのように言ってやると、急に手をぎゅっとハンジ・ゾエの両手で握りしめられた。

驚いて顔を見てみると、そいつは真剣な顔をしていた。




「周りの目なんか関係ない。私がただそうしたいって思ったからしただけ。…ねぇ、春菜は違うのかい?」


「…、私はお前なんかと友達ごっこする程暇じゃない」


「じゃあ私が勝手に春菜を仲間にする」


「…はぁ?…勝手にすれば?」





手を払って食堂を出た。

収集まで少し時間がある。

昨日出来なかった勉強の続きがしたかったんだ…。




…ハンジ・ゾエ。



お前も所詮同じなんだろう。

あの分かり易いくらい欲でまみれた人間達と。



…吐き気がする。







私は、客観的に見て賢い方だ。

賢いというのは、計算ができるのもそうだし暗記、判断、言語力と何でもござれだ。

立体機動装置の使い方だって熟知したし、もうこの102期の中では一番の成績を誇る。

言ってしまえば、もし調査兵団の中に私が入ったとしても分隊長クラスにはなれるという訳だ。

それは、子供が逆上がりをするかのように造作もないこと。

出来ないものもいれば、出来るものもいる。

世の中は全て、努力と素質…、そして少しの運で出来上がっているんだ。







…ふと、窓から空を見上げる。



そういえば、調査兵団は憲兵団と仲が悪かったっけ。

年々死亡率が上がっていくばかりだが、…あの時の団長はもう居なくなったのだろうか。

決して微笑ましく懐かしんでいる訳ではない。

寧ろあの団長では話にならない。

組織をまとめるトップというものは、常に気丈に、そして冷静に確実に判断を下せるようなものでなくては。

あの団長ではお母さんに死ね、と言ったようなものだ。

無駄死に。

団内でお母さんはそう片付けられているかもしれない。

奥歯を噛みしめた。

…反吐が出る。

…あと、何年かするくらいには…。

私が訓練兵団を卒業するくらいまでには…新しい、有能な団長が見つかっているといいけれど。

…とにかく私は、2年前のあの団長のもとにはつきたくない。

あんな団長が居たのであれば、調査兵団はいよいよ壊滅的だ。

税金の無駄遣いと叫ぶ人類の気持ちだって分かる。





「…おかあ、さん」




そっと自分の左手の人差し指をさする。

…もう、ずっとつけている。母が死んでから、ずっと。


母の形見である、指輪を。


これをつけていると、お母さんが私の傍に居てくれるような気がしてならない。

…お母さんの腕を持ってきてくれた事に関しては…

調査兵団に礼を言うべきなのかもしれない。





…でも。





やはり私は調査兵団を憎み。

そして、仲間を憎んでいる。









この先…、数年立ったとしても。



誰と出会っていようと…



私の中での“正論”は変わらないだろう。

















…あぁ、それよりも先に…私が生きている保障なんてどこにもないけど。





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