僕らのVesttaste!
□混乱
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「…春菜」
デントさんの声が、何時も以上に耳に響く。
常時ずっと聞いて居たい、柔らかくて優しい声なはずなのに。
「分かって、ますよ」
今は、誰の声も聞きたくない。
*
『あのぉ…春菜は居ますかねぇ…?』
『…!!!!』
…、おかあさんだ。
背中にぞくり、と嫌な汗が伝う。
視線を床に落としながら、手が震えているのが分かった。
そんな時。
デントさんが口を開く。
『春菜…さんは、今少し出掛けていて居ませんが…何かご用でも?』
デントさん…。
気を使ってくれてるんだね。
私、迷子のはずなのに。
…嬉しい。嬉しいけど…。
…。
『あ、初めましてー!私、春菜の母です、零花と申します!何時も何時も、娘がお世話になっております』
『え…、お、お母様…ですか…!?』
…まあ、驚くのも無理は無い。
認めたくないけれど、うちの母親はものすごく見た目が若いのだから。
昔、小さい頃母と歩いていて、よく「お姉さんかな?」って言われてたなぁ…。
その時の母の顔と言ったら…。
…!?
…違う、今はそんなこと思ってる場合じゃない。
非常事態が起きたんだ。
幸い、私はメイクをしているのですぐにばれることは、ないと…思いたい。
『はい☆』
『…そ、そうでしたか…。すみませんが、今春菜さんは…』
『ああ、居ないんですね、分かりました』
『…』
『ところで、貴方がデント様、という方でしょうか?』
『え?あ、はい。僕ですけど』
『ふぅん…』
母親は、デントさんをじろじろと見詰める。
…私と同じ、忌わしい赤い目。
そんな目で、デントさんを見ないでよ。
『噂通り、とても格好いい方ですね!』
『は、はぁ…。どうも』
…駄目だ。
今、私は愛華なんだ。
もう逃げなきゃ。
私は客のふりをして、店から出ようとした。
ガッ
『ッ、!?』
『…』
お母さんが、私の腕、を掴んでいる。
な、ん…で?
今、私は愛華のはず…。
じっと赤い目で見詰められて、呼吸さえも困難になった。
『…な、なんですか』
『…いえ。なんでもありません』
ぱっと手を離される。
安心した私は、ほっと胸をなでおろした。
よかった、ばれなかった。
そして、出て行く時に聞こえたお母さんの呟く声。
『……早く連れ戻さないと、パパが怒っちゃうわね』
『…っ』
お父さん、が。
やっぱり私、連れ戻されちゃうんだね。
嫌だ。
嫌だよ、デントさん。
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