BOOK
□た
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「お嬢様」
後ろからそんな声がした。
お嬢様?オジョウサマ?
私はそんな風に呼ばれる家柄じゃないし、第一お嬢様なんて、と心の中で思いながら振り向いてみる。
「何をしてなさるのです?」
第一印象は、とにかく無表情な人だった。
口調は律儀過ぎて、親近感の欠片も感じない。
初めて見る黒いコートの男性は傘をさしていた。
もしかして、ナンパ?
「ナンパなら余所でどうぞ」
「貴方の様な子供が、こんな所で何をしているのかと聞いているのです」
ぴしゃりと言い放たれた。
私の事を心配して声をかけてくれたはずなのに、その言い方ではまるで私の事なんか興味ないと言っている様だった。
というか、その質問は、返答に困る。
「別に」
男の人のあまりにも私に無関心な態度にイラついたので、素っ気なく返事をした。
「今すぐ家にお帰りなさい。風邪をひいてしまいますよ」
この後知ることになるのだが、このノボリ、という人は全くつかめない人だった。
人の事に興味がないのかあるのか、心配しているのかいないのか。
全くもって意味が分からない人だ。
男の命令を無視して、私はそっぽを向く。
もうほっといてくれ。
このまま風邪にでもなったら、もしかしたら家族は――…
「…もしかして、何か帰れない事情があるのですか?」
図星だった。
家出した、なんて言えば、こんな短い時間でも分かったがお節介そうな性格だ、絶対に帰らされるだろう。
俯いて困っていると、ふと、雨が止んだ。
いや、おかしい。地面にあたる雨音は聞こえるのに、自分にあたる雨が感じられない。
なんで?不思議が起こった事に疑問を感じて上を見上げれば、男の顔があった。
近っ。
さっきは数メートル程離れていたのに、え?
しかもよくよく見れば、男がさしていた傘は私の真上にあった。
男の人の背中は雨にあたって濡れている。
「背中、濡れてますよ」
「貴方様が濡れるよりはマシです」
「私なんかに恩を売っても無駄ですよ」
どっかの鶴みたいに、恩返しなんかしようとも思わないしできないし。
「恩を売っているのではありません」
「じゃあなんで、」
男は、ゆっくりとずぶぬれの私の頭を撫でた。
濡れちゃうよ、とか、可愛くない事を言おうとしたのに何も言えなかった。
(…あったかい)
「貴方様を、心配しているからです」
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