PEACE MAKER短編

□講義間近の鬼ごっこ
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食堂で昼食を済ませ、現在は大教室で講義を受ける為に教科書、ノート、参考書を長机の上に置いた。次のこれからある講義は古典文学である。所謂昔の文章、小説や随筆などについてというのが、この講義の内容であり、この講義を担当している教師は、『鬼の教授』と呼ばれている土方先生である。厳格で、怒ると学生全員が震え上がるほどの恐ろしさがあるため、一部の学生からは『鬼の教授』と呼ばれているらしい。

長机には4つの椅子が備わっており、丁度真ん中辺りの席を陣取っているのは、永倉新八、原田左之助、藤堂平助の通称三馬鹿である。彼らの後ろにはひっそりと斉藤一と、山崎烝が座っている。三馬鹿の前の席にはいつもなら1人座るものが居るのだが、今日は珍しくまだ来ていなかった。遅いなぁ、と三馬鹿が言っていた時、教室の入り口からその1人が姿を現した。新八が軽く手を上げた。


「総司、こっちこっち」


それに気が付いた沖田総司はここまで走って来たのか若干息が上がっていたが、にっこりと笑うと、彼らの前の席に着いた。


「しっかし、珍しいよなぁ。いつもなら総司が1番早く来てるのに」


そう言いながら笑っているのは、平助である。ちなみに、彼と斉藤がこの6人の中では最年少である。人懐っこい笑みを浮かべている平助に、沖田も似たような笑みを浮かべて話し始めた。


「ええ、ちょっと色々と用事がありましてね……」


そう言いながら、沖田は手に持った1冊のノートを見せた。ノートの表紙には達筆な字で、『豊玉発句集』と書いてあった。平助の隣に座っていた新八がそのノートを手に取った。そして、ぱらぱらと頁(ページ)を捲っていく。今までそれなりにノートの中身を見ていた新八であったが、やがて口元が歪み始めた。その表情を見て隣にいた両隣の平助と左之助がノートを覗き込んだ。暫くして、3人は思わず吹き出した。それを見た沖田は楽しそうに笑っている。一方、三馬鹿の後ろに座っていた山崎と斉藤は特に興味が無いのか沈黙していた。やがて、三馬鹿は大笑いを始める。


「総司、これ一体どうしたんだよ!?」


そう尋ねてきたのは新八である。笑い過ぎて、3人共目が涙目になっていた。左之助がノートに書いてあった一部を読んだ。


「梅の花 一輪咲いても 梅は梅ぇ?何だこれ、当たり前じゃねぇかよ!」


ノートに書いてあったものは、作者不明の俳句である。今時このようなものを書く物好きもいるのかと思うと余計に面白くなってくる。


「志れば迷ひ 志なければ迷はぬ 恋の道……って完全に恋の歌だよな、これ!ってか、ちょっとロマンチスト過ぎねぇ?」


そう言いながら笑っているのは平助だ。その反応を見て、沖田も楽しそうに笑っている。新八は涙目を擦りながら沖田に尋ねた。


「なぁ、総司。これお前が書いたのか……?…いや、でもお前の書く字と違うな」

「そう言えばそうだな」


と、新八に同意を示すのは左之助である。それに平助も加わった。


「あー、本当だ。……あれ?この字どっかで見たことがあるような……」


その言葉を聞いた沖田は片目を瞑り、悪戯っぽい笑みを浮かべると人差し指を立てた。


「藤堂さん、いいところに気が付きましたね。実はこれ……」


楽しい談義に花を咲かせる4人を、どこか冷めた目で見ているのは斉藤と山崎だ。彼らはただ静かに4人の話に耳を傾けていたが、やがて斉藤がぽつりと小声で呟いた。


「……山崎君」


その声に、山崎は視線だけを向けた。斉藤はただ前だけを見て言葉を続けた。


「何だか嫌な予感がする……、殺気に似たようなものを感じるのだが、これは私の気のせいかね?」


山崎は視線を前の4人に戻すと、淡々とした声で答えた。


「……いえ、気のせいではないと思われます」


一方、話に花を咲かせている4人は後ろに座っている2人が話していることは聞こえていないらしい。楽しげに笑いながら話していた。沖田はくすくすと笑いながら3人に言った。


「実はですね、これを書いたのはー……」


そう言い掛けた時だった。こちらに近付いて来る足音が聞こえたのは。それは、殺気のようなものを放ちながらやって来た。そして、4人の傍で足音がぴたりと止まる。沖田や三馬鹿以外に、他の学生も動きを止める。沖田と三馬鹿は殺気の感じられる方へと首を巡らした。そこには、沸々と怒りを通り越して最早殺気の感じられる、鬼の形相をした見覚えのある者が立っていた。
鬼の教師・土方歳三である。流石の沖田も楽しげな笑みから、苦笑いへと表情を変えた。三馬鹿に至っては、顔が青ざめ表情は引き攣っている。鬼の教師土方は低い声音で沖田に尋ねた。

「総司、俺の研究室から何か持っていかなかったか……?それをずっと探していたのだが全然見つからん」

そう言っている土方の視線は、新八が持っている1冊のノートに向けられていた。それで3人は何となくしまったと思った。


『どっかで見たことある字だと思ったら、これ土方先生の字じゃないかよ!』


と、3人同時に思った。土方はこめかみに血管を浮かべ、口端を引き攣らせていた。


「永倉、原田、藤堂…随分と楽しそうに笑ってたじゃねぇか。何がそんなに面白かったんだ?」


『み、見られてた…!』


3人はノートに書いてあった俳句を笑ったことを物凄く後悔した。しかし、時既に遅し。土方は三馬鹿と沖田の座っている机に両手を叩きつけた。大きな音に思わず身を竦める。


「総司、お前俺に質問があるって言っときながら実はこの句集取ってこいつらに見せびらかしたかったのか?」


そう言われて、否定が出来ない沖田である。何故ならば土方の言っていることは大方合っているからである。沖田は誤魔化すように笑いながら言った。


「だってこんな素晴らしい俳句、皆に見せたくなるじゃないですかぁ」

「……素晴らしいって言いながら、てめぇら笑ってたじゃねぇかよ!」


土方の怒声に、更に4人は硬直する。それをただただ眺めているは斉藤と山崎。そして遂に土方が新八の持っていたノートを取り上げようとすると、そのノートを沖田が取り上げ、土方を上手く擦り抜けると、教室の入り口まで行き、くるりと新八たちの方を振り向くと、勢いよくノートを投げた。


「お三方ー、受け取って下さ〜い!」


それを見事にキャッチしたのは、新八であった。ノートをキャッチした新八と、土方の視線が合った。新八は思わず立ち上がり、ノートを左之助に、左之助は平助に、と順々に回して行き、どういう訳か3人まで沖田の方へ向かう。そして平助がまた沖田に渡すと、そちらに土方は歩いて行った。
ノートを持ったまま、沖田が走り出して教室を抜け出した。すると、土方も鬼のような形相で向かって来た。逃げ場を失った三馬鹿までこの騒動に巻き込まれることになる。彼らも教室を抜け出し、その後を土方が追って行くという始末。


先頭を走る沖田に、新八が文句を言った。


「お前の所為で俺らまで面倒事に巻き込まれちまったじゃねぇかよ!」


「一体どうしてくれるんだ!」


これは左之助


「責任取れよ、責任!」


そして平助の文句が沖田へと集中する。しかし、沖田は全く気にしていないようでむしろ楽しんでいるようであった。


「何だか鬼ごっこみたいで楽しいですねぇ」

「楽しくねぇよ!」


長い廊下に、三馬鹿の叫び声が木霊した。


一方、その頃教室では…。学生たちは土方の怒声に心底肝を冷やしているようであった。あちらこちらからこそこそと怖かったなどという言葉が聞こえてくる。学生たちの中でも特に動揺もしていないのは齋藤、山崎の2人のみ。山崎は何事も無かったように教科書を開いて文字を見つめながら斉藤に問うた。


「……もうすぐ講義開始時刻ですね」


斉藤はと言えば、右腕に嵌めていた腕時計を眺めながら呟いた。


「講義が開始するまでもう少し掛かるようだ」


斉藤の言った通り90分あるはずであった講義は、30分後に開始されたと言う。その後、4人が土方から逃げ切ったか逃げ切っていないのかは定かではないらしい。


END

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