PEACE MAKER短編

□硝子玉
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「どうしたんですか、これ?」


屯所の縁側で、藤堂平助は、仏の副長と呼ばれている山南敬助に尋ねた。山南は、縁側に腰掛け、平助に数個のビー玉を見せた。それは床にも数個転がっていた。


「これかい?これはさっき屯所の近くの小路で遊んでいた子供たちに貰ったんだよ」


そう言って、山南は微笑んで見せた。平助はその場にしゃがみ込み、床に転がっていた1個のビー玉を手に取った。それらの硝子玉は、大きいものから小さいものまであり、色も透明のものから、淡い色の付いたものなど様々なものがある。空に翳せば、太陽の光を反射して、きらきらと光る。平助は暢気な調子で笑いながら言った。


「綺麗ですねぇ」


そんなことを言いながら、平助も山南の隣に腰を下ろす。


「ははは、そうだね。ビー玉というのは本当に綺麗だ」


ですねぇ、と相槌を打ちながら、平助はビー玉を眺めていた。硝子で出来た玉は美しく煌いている。そう言えば、以前何かの本でビー玉のビーは、所謂ビードロのことであると書いてあったのを覚えている。肥前に伝わっており、その国で有名なものであるとも聞いたことがあった。そんなことを頭の中で思い出しながら、平助は持っていたビー玉を床に置き、指の腹で転がし始めた。


「硝子玉が子供の玩具の時代か。異国の物がすぐ傍に感じることができる……、なんて言ったらお咎めになるかな?」


そんなことを、笑いながら言う山南の表情は、何処と無く違和感があった。しかし、きっと気のせいだろうと考えて、平助はまたビー玉を手に取ると、ビー玉越しに山南の顔を覗き込んだ。その姿はまだまだ幼い子供のようだ。ビー玉に映る山南の顔は歪んで、少しぼやけて見えた。


「山南さん、ビー玉で遊びますか?」


と、ふざけたように言ってみれば、山南は僅かに微笑んで首を横に振った。


「いいや、遠慮しておくよ。今から本を読もうかと思っていてね。今度それで遊ぼう」


などと、優しい声音でそう言うと、山南はゆっくりと立ち上がった。そして自室に戻ろうとした時、山南は思い出したように振り返って平助の方を見た。


「あ、そうだ。それはみんな君にあげるよ」


そう言ってビー玉を指差した。平助は苦笑交じりにお礼を言った。


「あ、有難う御座います」


山南はにっこりと笑うと、踵を返し、自室へと歩いて行った。その後ろ姿を平助はビー玉越しに見つめた。その背中は何処か多くへ行ってしまいそうな気さえした。何故そのような気がしたことかはこの時はまだ平助は分かっていなかった。


この出来事から数ヶ月後、山南敬助は隊規違反の脱走にて切腹をしたと言う。その後平助は暗い、闇の帳の中へと滑り堕ちる様に進んで行くのである。そんな時、彼は何処かで1首の和歌を聞いた。それは伊東甲子太郎の声であった。


「春風に 吹き誘われて山桜 散りてぞ人に 惜しまれるかな」


平助の頭の中で和歌と、ある日のビー玉越しに見た山南の後ろ姿が不意に重なった。まだ山桜も咲かぬ、雪の散らつく2月下旬のことであった。


END

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