長編

□第漆.伍話(番外編)
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夢は、ずっと平行線を辿っているようだった。満月の夜、時代劇のような世界で走る私が居て、最後は誰かの名前を叫んで目が覚める。悲しいその夢の輪郭は、次第にはっきりとしていっているような気がした。ただ、一点を覗除いては。

私が名前を叫んでいるその相手の顔はまだおぼろげだ。でも、そのおぼろげな相手が、平助君のような気がした。何となくで、確信はない。
私には、どうやら前世と言うものが存在するらしい。その前世の記憶が恐らく私が見る夢と関係しているのだろう。
前世は女でありながら新選組に所属していて、今の剣道部の皆とは過去に昔馴染みでもあり、同じ場所に属していたみたいだ。
入学した当初は、剣道部の先輩も先生も、同級生も、名前が皆新選組に居た人物と同姓同名と言うことに驚いた。それは、奇跡に近い偶然だとずっと思っていたのだが、どうやら昨日の沖田さんの話によると、この状況は偶然ではない。これは、単に私が思っているだけだが、きっとこれは必然的に出会う運命(さだめ)だったのかもしれない。私が仲誠大学に入学したのも、平助君と出会ったのも、剣道部に入ったのも、きっと偶然では無く必然。
そんなことがこの世の中にあるなんて思いもしなかった。しかも、その渦中に自分が居るのだから、それも不思議で堪らない。

私は、ベッドに仰向けになってやっと見慣れた部屋の天井を見つめながら、そんなことを考えていた。近くに置いている目覚まし時計を手に取って見ると、まだ6時過ぎ……。今日は朝から講義は無いのに、そんな時に限って珍しく早く目が覚めてしまった。カーテンで遮られている窓に日の光は殆ど入って来ていない。まだこの時間帯はそこまで明るくないのだ。
私は、のそりと起き上がって、玄関を見る。ドアのところに、青い傘が1本……。昨日、平助君が私に貸してくれた傘だ。あの後、借りた傘を差して帰った。夜になると雨も上がったので、寮のすぐ近くにある店で夕飯の弁当を買うついでに、新しい傘も買った。
今日、部活に行った時に返さなくちゃ……。昨日はお礼をちゃんと言うことができなかったから、今日改めてちゃんとお礼を言おう。


「…………寒っ」


6月とは言え、昨日雨が降ったせいなのか、たまたまなのか。少し肌寒くて私は薄手の布団を手繰り寄せてまたベッドに寝転がって丸まった。次第に、その暖かさが心地良くなってきて、自然と瞼が重くなってきた。



チッチッチッチッ、と規則的な音がして、私はゆっくりと重い瞼を持ち上げた。……この音は時計の秒針の音か。完全に2度寝をしてしまった。まだ眠い。身体が重くて起きたくない。動くのも面倒臭くて、首だけをのろのろと動かして時間を確認する。
もう8時か……。いつもならもう少し早く起きるんだろうけど……。ゆっくりと起き上がって、自分の異変に気付いた。目の前が少しぼやけて、くらくらする。その感覚が妙に気持ち悪くて、ベッドに倒れ込んだ。


「…………寒い、……熱い」


寒さと熱さが交互に来る。完全に体調を崩してしまったようだ。熱でもあるのだろうか?幸い、ベッドのすぐ傍の棚に救急箱を入れていたので、そこから体温計を取り出して熱を測ることにした。
少ししてピピッ、と電子音が鳴ったので、体温計を取り出す。


「…………38度3分」


ぽつりと、そう呟いた。これは、高熱と言っていいだろう。身体がだるい、吐き気がする、天井が少し揺れている……。普段は熱なんて出ない。だから、それ用の薬も救急箱には入っていない。それには少し困ったものの、熱なんて久々に出たなあ、とぼんやりとした頭で思った。
大学に入ってから、寮に入ってから2ヵ月以上の月日が過ぎて、部活にも入って……。そう言えば、寮の生活も、大学の講義も、部活に入って毎日部活に行くことも、兎に角慣れないことばかりが続いた。だから、今になって疲れが一気に押し寄せて来たのだろうか。
大学に行くの、どうしよう。行く頃には治ってくれるだろうか。講義も部活もあるのに……。はあ、と細い息を吐いて私は取り敢えず、目を閉じた。


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