長編

□第伍話
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高校生の頃に、考えていたことがある。
志望していた大学に受かったら、勉強をして、バイトに挑戦して、自動車の運転免許だって取得したい。つまりは、色々と世の中のことを知って強い人間になりたかった。だから、家を出て寮に住むことに決めたのだ。私は、今まで弱かった。何もかもが未熟、中途半端。だから、そんな自分を少しでも変えたいと思って、この大学に入学したのだ。
勿論、友達も欲しい。一緒に買い物に行ったり遊べたりするような友達が……。

しかし、そんな淡い希望と夢はいつの間にやら打ち砕かれていた。いや、打ち砕かれてはいないが、できない状態にあったのだ。今の私には……。


「はあっ……はあっ……!」

「北条、てめえ、ちんたら走ってんじゃねえ!」


土方さんの怒号が容赦なく飛んでくる。しかし、それにはもう慣れ始めていた。
あの日――私は剣道部入部を決意した日――から数日後、私が履修届と共に入部届を提出したあの日からもう1ヵ月以上経つ。
てっきり入部する直前まで審判だったり、雑用だけをするのかと思っていた。だから、まさか走り込みをするとは思ってもいなかった。私は、運動が苦手だ。だから、勿論走るのも苦手でしかもかなり遅い。
しかも、やたら体力のある男子学生に紛れて何で走らされているのだろう。一応、ハンデとして他の皆より短い距離を走っているのだが……。
道場の近くの車通りも無い道緩やかな上り坂や下り坂、くねくねとしたり真っ直ぐなっているコンクリートの道を走りながら早くもバテている。別段暑い日ではないが、走っているせいで身体が火照る。この道の右端には鬱蒼とした大きな木々が茂っているから道を日陰で覆ってくれている。それだけが、今の私の救いだった。
高校生までだったら、土曜日は休みだった筈だ。でも、この部に入ってからは土曜に講義が無くても部活はある。日曜は休みの日もあるが、部活の日もあると言う、まさに部活漬けに近い。


「葵さん、大丈夫ですかぁ?」


私の隣を並んで走るように沖田さんがそう言った。彼は薄っすらと顔に汗は掻いているものの、笑顔だ。まるで、今を楽しんでいるかのような満面の笑み。何故、そんなに余裕があるのだろうか。
大分前に私を追い抜いて行った一君やススム君の顔を見たが、彼らは汗を掻いていなくて、涼しい顔で走っていた。この部に参加している鉄君も元気に走って行ったし……。つくづく私の体力の無さを感じさせられる。しかし、と私は不意にちらと後ろを見やった。
最後方では、平助君、新八さん、左之さんの3人が仲良く並んで走っている。走ってはいるものの、若干ふざけながら走っている感じだ。あれを、土方さんが見ていたら絶対に怒いられているだろうなと思った。私はまた前を見て走り始める。
正直、この格好は走り辛いとふと思った。ジャージならまだ良かったものの、今着ているのは道着だ。そのせいか、この辺りを走っている私達だけ時代が昔に戻った錯覚に陥る。


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