長編

□第壱話
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小さい頃から、ずっと同じ夢を見る。それは朧げで断片的だけれど、妙に現実味があって夢とは思えない程リアルなもので……。
朧げで断片的なその夢は、良い夢か、悪夢かと言えば後者に近いと思う。そんな夢を幼い頃から見続けているのに、その夢を見た朝は必ず頬に一筋の涙が伝っていた。


今日もそうだ。また、私は涙を流している。”あの夢”を見た。以前は週に数回見る程度だったのに、ここ最近毎日繰り返される断片的な悪夢を見続けてしまう。私は、涙を手の甲で拭うと、枕元にあった目覚まし時計に手を伸ばした。
目覚まし時計を見た私は、悪夢のことなどすっかり頭から消し去り、慌ただしく動き始めた。


「ちょっと、お母さん!もっと早く起こしてって言ったじゃ……。…………あっ」


私は文句を並べ掛けて、言葉を止めた。そうだ、今私は大学の寮に住んでいるんだった。一週間近く前に入寮したのだが、寮に入るまでずっと母に起こしてもらっていた。その癖が未だに抜けていないらしい。
自分しか居ない狭い部屋の中、私は一人苦笑を浮かべた。と、苦笑を浮かべている段ではなかった。私は咄嗟に目覚まし時計に目をやると、針の行方を追った。

長針が6を、短針も同じく8を指している。講義が開始されるまで後20分。これはまずい、初めての講義が遅刻なんて、冗談でも笑えなかった。朝ご飯を食べている時間なんて勿論無い。
私は、手近にあったデニムを履き、淡い緑のタートルネックに上から薄い白のカーディガンを羽織って、鏡の前で髪を手櫛で整えて、高校時代から愛用しているくたびれたバッグを肩に掛けて、そのまま寮を飛び出した。


幸い、昨日の夜に時間割は済ませていたので朝から焦る必要はなかった。現在私は大学に続く下り坂を爆走していた。
先日、家から自転車を送ってくれるように母に頼んだが、それはまだこちらには届いていなくて、今はただ、全速力で走るしかない。バッグから携帯を取り出し、ディスプレイを見ると講義開始まで後20分弱。大学までの距離は1km程。このままの速度で走り続ければギリギリセーフと言った感じだろうか。
坂を下り終わり、左に曲がることだけに集中していた私は、右側から走ってくる自転車に気が付かなかった。


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