PEACE MAKER短編

□願わくば後少し
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文を懐に入れようとした時、こちらに近付いて来る足音に気が付き、文を持っていた手を止めた。足音のする方に視線を向ければ、赤毛の少年がこちらにやって来るのが見えた。沖田は、いつも通りの優しい笑みを浮かべた。少年がこちら歩いて来ながら、沖田の名を呼んだ。


「沖田さん、こんなところで何やってるんですか?」

沖田はくすりと笑った。そして、少年の名を呼ぶ。


「やあ、鉄君。鉄君こそどうしたんですかぁ?」


傍に来た少年・市村鉄之助は、人懐っこい笑みを浮かべると、沖田の隣に腰を下ろした。


「俺は、ついさっき副長のところにお茶運んだばっかりですよ」


お茶の淹れ方ちょっと失敗して怒られたけど、と少し文句を付け加えて笑う鉄之助である。それにつられて、沖田も顔がほころぶ。先程まで暗いことを考えていた自分が少し情けなく思えた。


「沖田さんはここで何やってたんですか?」

「私ですか?私はここで日向ぼっこですよ。今日は良い天気ですし、何より桜が綺麗でしょう」


そう言うと、そうですねと返事が返ってきた。鉄之助の視線が、ふと沖田の右手に止まった。彼の右手には丁寧に折り畳まれた文が握られていた。


「沖田さん、それ何ですか?」


その言葉に、沖田は視線を自分の右手に注ぐと、文を懐へと入れた。そして、困ったような笑みを浮かべた。


「いえ、ね。これは……何か書きたくなって文章を書いただけです」


気にしないで下さい、と言う沖田の表情は、笑ってはいたが、少し悲しそうにも見えるものであった。鉄之助の表情まで少し悲し気な表情になった。それに気付いた沖田が目を丸くした。


「鉄君、どうしてそんな顔をするんですか……?」


「何でだろう、よく分かんないけど……沖田さんが悲しそうな顔してるから、かな」


そう言われて、初めて自分がそんな顔をしていることに気が付いた。自分ではちゃんと笑っていると思っていたのに。彼は1度瞼を閉じて、そして儚く微笑んだ。


「ねえ、鉄君」


名前を呼ばれて、鉄之助は沖田の顔を見た。沖田は本当に儚く微笑んでいた。


「鉄君は、きっとこれから先もたくさん笑ったり、泣いたり……四季を綺麗だなって思える日だってあるのでしょうねぇ」


のんびりとした口調だったが、それはあまりにも淋しいものだった。


「きっと屯所(ここ)の皆さんだって、そうやって時間(とき)を君と共に過ごして行くんだろうなぁ……」


沖田がそう言う言葉の中には彼自身の事が全く含まれていなかった。鉄之助は顔をくしゃくしゃにして、沖田の顔を見た。


「……ますか?」

「え?」

鉄之助の言葉が良く聞こえなくて、沖田は首を傾げて聞き返した。


「その話の中に、貴方はどうしていないんですか……?」


そう尋ねられて、沖田ははっとした。自分のことが含まれていない話。それはまるで。


「沖田さんが、いなくなっちゃうみたいじゃないですか……!」


今にも泣きそうな顔で声を振り絞る鉄之助に、沖田は明るく笑って見せた。


「あははっ、私らしくないですよね。自分でこれからのことを話して、自分を入れ忘れちゃうなんて」


そこで一旦言葉を切り、そしてまた口を開く。


「勿論、私も一緒ですよ。これからも、一緒に笑顔でいましょう」


その言葉に、まだ完全に納得は出来ていないようだったが、鉄之助は小さく頷いた。そして、彼は突然思い出したように立ち上がった。


「そう言えば、今日稽古に付き合ってくれって永倉たちに言われてるんだった!沖田さん、俺もう行くよ」

そう言うと、鉄之助は勢いよく道場まで走って行ったのだった。静かになった縁に1人残った沖田は、小さな咳をすると、自室に戻り、文台に先程の文を置いた。そしてその傍に硯(すずり)を置き、筆を取った。
そしてまた書き加える。



神様、出来ることならば私にもう少し時間を下さい。この季節を、この刹那を、大切な人達と成るべく長く過ごしたいのです。


END
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