その他短編

□温まる為に
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探偵社を出て、街へと繰り出した。それぞれが好きなところに行くのだ。乱歩や与謝野はマイペースに各々散って行った。賢治や谷崎、ナオミもまた、敦達とは別行動だった。固まって歩いているのは、敦、太宰、国木田、鏡花の4人だ。


「お鍋と云えば〜、やっぱり蟹だよね〜」

「太宰、それはお前の好物だろう。ちなみに俺は鰹でも……」

「……豆腐も入れたい」


太宰、国木田、鏡花がそれぞれ自分の好物を述べる。まあ、確かに鍋に入れるには特に可笑しくはない具材だろう。他には葱や白滝、榎なんかも欲しいか。肉も入れたら美味しいだろう。そう思いながら、敦は心を躍らせる。きっと、今夜は美味しい鍋が出来上がるだろう。
敦はふと、店頭硝子(ショーウィンドー)を見た。いつもの白とも銀とも取れる不均衡な髪形に、いつもの恰好。硝子に映る敦の顔は、楽しげに笑っていた。詳しく云えば、笑っているとも楽しんでいるとも取れる表情だ。
嗚呼、こんな顔をしたのは久しぶりかもしれない。ここ数年、こんな顔をしたことがあったろうか。孤児院で蔑まれ、消えてしまいたいと思ったことが何度あっただろうか。あの頃の自分は、悉く明るい顔等見せることはなかった。自分にも、ましてや他人にも。
自分は今、こんなに楽しんでいる。そう思うと、少し不思議な気持ちになった。くいっと、彼の袖を誰かが引っ張る。ふと硝子から視線を外すと、そこには鏡花が居た。彼女は仄かに口元に笑みを浮かべているように見えた。


「帰ったら、美味しいお鍋食べようね。お豆腐を沢山入れるの」

「そうだね、きっと今日はご馳走になるよ」


そう言って、店へと入って行った。


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