その他短編

□暖の箱庭
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「おう、京極堂。邪魔すんぜ」


いかつく、四角い下駄のような顔にはそぐわぬ若干高めの声。ああ、また来客が増えたと思った。下駄のような男――木場修太郎――の後ろには、申し訳なさそうな表情で小芥子のような顔立ちの学生風の青年――青木文蔵――が立っていた。


「おお!四角い豆腐が来たぞ!小芥子頭も一緒か」

「誰が豆腐だ、コラァ!」


むきになる木場にげらげらと笑い声を上げながら榎木津は足をばたつかせていた。木場と青木が何故ここに来たのかと言えば、たまたまこの近くを通っていたところ、焚き火の煙を見て足を向けたらしい。


「すみません、中禅寺さん。僕はよしましょうと言ったんですが……」


流石に、先輩である木場には逆らえなかったのだろう。申し訳なさそうに青木は僅かに顔を俯けた。決して広いとは言えない庭に既に家の主人を含め、5人が集まった。しかし、それでは終わらず。


「あ〜、榎木津さん。やっぱりここに居たんですね!」

「師匠、こんにちは〜」


聞き覚えのある声に、京極堂の仏頂面には、深い眉間皺が寄せられた。敷地内に、これまた見慣れた人物が2人。探偵助手の益田龍一とカストリ記者の鳥口守彦だ。


「あ、師匠。もしかしてその焚き火、さては焼き芋ですかぁ!?」

「何で焚き火等号(イコール)焼き芋になるんだい、鳥口君」

「榎木津さあん、あの火鉢の残骸どうするんですかあ?」

「壊れたものは仕方ないダロウ!?ああ、マスオロカ、お前にくれてやろう!」

「要りませんよう、壊れた火鉢なんて……!」


折角静かに過ごしていたと言うのに、騒々しくて仕方ない。やはりと言えばいいのか、焚き火の煙が目立つせいか知人がぞろぞろと集まって来る。こんなになるのだったら、少し遠出をして炭を買いに行けば良かったと後悔し始めた時、再び聞き覚えのある声がした。


「あら?今日は皆さん集まって如何(どう)したんです?あ、兄さん」

「何だ、敦子か……」

「何だって失礼ね。今日はお義姉(ねえ)さんが不在だから妹の私が折角夕食を作りに来たのに」


わざとらしく少し頬を膨らませて言ったハンチング帽のボーイッシュな雰囲気を持った女性――京極堂の一回り程歳の離れた妹、敦子――は、すぐに、屈託のない笑みを浮かべて話し始めた。


「皆さん、お集まりのようなので、お茶を淹れて来ますね」


きてぱきとした動作に、青木がわたわたとしながら発言をする。


「い、いえ、僕らはまだ仕事が残っていますし……」

「いいじゃあないですか、青木さん。折角ですし、敦子さんのお喋りに甘えましょうよ!」

「……鳥口君、言葉を間違っているが、それはわざとなのかい?」


恍けた様子の鳥口に半ば呆れたように青木が口を挟む。


「敦子、彼らはもうお帰りだ。お茶は淹れて来なくても……」


問題無いと言おうとしたが、既に敦子の姿はそこにはなかった。台所にさっさと行ってしまったのかと思いながら、京極堂は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「それでは、敦っちゃんのお言葉に甘えてお茶を頂こうではないか!マスオロカは出涸らしでもいいナ!」

「ええっ、それは酷いですよう!」

「何だ、口答えか?下僕は出涸らしでも問題ないだろ!」


躁病気質らしく喚く榎木津に、益田は嘘泣きをする素振りを見せるが、それは自称神の探偵には効かなかった。やがて、敦子が盆に湯呑みと急須を乗せて戻って来た。
一つ一つ丁寧に湯呑みに茶を注ぎ、それを各々に渡して行く。湯呑みはそれぞれに行き渡り、最後に京極堂のところにやって来た。


「はい、兄さん」

「……ん」


短く返事をして、眉間に皺を寄せながら湯呑みを受け取る。一口茶を口に含むと、焚き火だけでは足りなかった温かさが身体の内に沁み渡った。湯呑みからは淡い湯気が立ち上っている。それは、まるで、焚き火のようだと詩的な言葉を頭の中に浮かべる。わいわいと騒がしい庭を見て、ふと思う。
今日はよく冷えている。焚き火の温かさも申し訳程度だ。本来ならば、火鉢で室内を温めれば一番良かったのかもしれない。だが、火鉢が無くとも、焚き火が申し訳程度の温かさでも、この場は何となく温かい気がした。それは、庭に人が集まっているからだろうか。それとも、こうやって話したり、文句を行ったり説教をしたり。そうしながら過ごすことで、一時的に寒さを忘れているのだろうか……。下らないことを考えながら、京極堂は苦笑いを顔に浮かべた。


「……全く、今日は本当に騒がしいな」


だが、ここは温かい。焚き火よりも、恐らく火鉢よりも。この状況で既に暖が取れているのではなかろうかと言う錯覚に陥りながら、京極堂は空を見上げた。冬の直ぐに暗くなって行く空は、既に茜を帯びている。焚き火と湯呑みの湯気が交わり、空高くへと溶け込んで柔らかく消えていった。


END
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