その他短編

□珍しい光景
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おまけ(後日談)

「ところで、兄さん。昨日の課題は終ったの?」


静かに朝食を食べていた時、向かい側に座る雪男が開口一番にそう言った。その表情はとてもにこやかなものである。それは、昨晩の怖いにこやかさではなく、今は朝らしい爽やかな笑みだ。燐は一瞬肩をビクッとさせて引き攣った笑みを浮かべていた。


「お、おう……」

「後、昨日は先に寝てごめん。兄さんが毛布掛けてくれたんだよね。ありがとう」

「おう……」


燐と雪男の間の温度差は違った。何処か挙動不審な兄と、いつも通りの態度を振舞う弟。ただ、弟の方が兄よりも機嫌が良いようにも見える。あ、そうだと雪男は燐の目の前に手を差し出してきた。


「何だよ、この手は」

「課題終わったんでしょ。まだ学校に行くまでに時間もあるし、少し見るよ」


それは、燐にとっては死刑宣告に等しかった。何しろ昨晩雪男が先に寝てしまった後に、ベッドに入ってしまったのだから。つまり、宿題を全部終らせていないと言うことだ。雪男の顔色を見れば、機嫌の良い笑顔が確かにそこに存在している。椅子の傍に置いていた通学用の鞄からゆっくりと問題集を取り出すと、雪男に渡した。それを受け取った雪男がぱらぱらと問題集のページを捲っていく。


「兄さん、ちゃんと問題解いているね……、……ん?」


明るい声が、疑問形になり声も低いものへと変わった。その様子に、燐はそろそろと椅子から立ち上がり、肩に鞄を掛けてすぐに逃げられるような体勢をとった。


「兄さん……」


低い声音が燐の鼓膜に刺さった。顔から血の気が引いていくのを実感しながら、燐は動きを停止した。そして、双子の弟を見やる。


「ど、どうしたんだ……?」
「僕が寝たのを良いことに、課題サボったね?」


そう言う雪男の表情は、まるで悪魔のような笑みを浮かべていた。 素直に謝ればことが済むものを、何故か燐は言い返してしまった。


「そ、そういうお前だって、授業の準備とか終わってないんじゃ……」

「兄さんが勉強している間に全部済ませたよ。それが終わったからきっと安心して眠ったんだろう」


そう言いながらにっこりと笑う雪男は、何とも恐ろしい。そう、言葉にできないくらいに。声は特に怒っている感じではないのだが、その笑みが怒りを表している。雪男が兄さんと呼んだ。


「今日の課題は、昨日の終わっていない問題全部と、プラスプリント追加だよ。徹夜してでも頑張ってね。今日は僕も見張っておくから」


明るい声音ににこやかな笑顔。燐は、今度は心の中ではなく、声に出して叫んだ。


「やっぱり、お前は悪魔だ……!」


END
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