その他短編

□無き面影を重ねて
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列車に揺られてどのくらいの時間が経ったろうか。がたんがたんと、規則正しいような、不規則なような揺れに私は身を任せていた。椅子に腰掛け、膝には今朝方母が渡してくれた花束を鎮座させている。大して変わりもしない流れ行く景色を見つめながら、私はただぼうっとしていた。じわじわと暑い車内に気が遠くなっているのとは違う、ただ考え事をしているような、そうではないような。故にぼうっと外の景色を眺めているのだ。
今日は父の命日だ。当時私が幼かったからなのか、戦時中の記憶は殆ど無い。そして、父の記憶も又無かった。
父は出征をし、お国の為に戦い、名誉の戦死を遂げたのだと母から聞いた。しかし、そう語る母の表情は悲しげで、見ているこちらが痛々しく耐えられなくなる程であった。
記憶はないものの、モノクロオムの写真の中で微笑む父は、とても優しそうであり、戦争と縁遠い人であると私は思っている。母も時々、あの人はとても優しかったのだと言われたことがある。そう語る時の母は、まるで少女が淡い恋心を抱いているかように見えた。


毎年この日になると、母と共に墓参りに行くのが通例だったが、今日は1人だ。母が風邪を引いて体調が良くなかった為、1人で墓に参ることになった。前日に包んでいた花束と、墓までの地図を預かり、私1人でこうして目的地まで列車に揺られているのだ。
嗚呼、もうすぐ墓の在る町田に着く。そう思い、私は椅子から腰を浮かせたのだった。


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