その他短編

□君だけに語る
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麗らかな陽射しが降り注ぐ中榎木津礼二郎は、友人である京極堂の縁側に寝そべり、足を地面に投げ出していた。時折踵で地面を叩きながら、空を見上げた。空は青く、青のパレットに白の絵の具を点々と零したかのような雲ぽっかりと浮かんでいる。

事件と言う得体の知れない大事があった等、別段用があって来た訳ではない。ただ単なる暇潰しだ。ぼーっと空を眺めていると、にゃあ、猫の鳴き声が聞こえて、榎木津は首を捻り縁側を見た。すると、そろりそろりと気紛れな様子で京極堂の飼い猫、柘榴がこちらに近寄って来ているのが目に入った。榎木津は、上半身を起こすと、猫に向かって手招きをした。


「おお、にゃんこだにゃんこ!こっちへおいで」


いつもの躁病気質の大声に、柘榴はぴたりと動きを止めて、榎木津の顔をじっと見つめ出した。警戒をしているのだろうか。しかし、何処へも逃げ出さないのは、飼い主に似て変わっているからなのだろうか。きっとそうに違いないと自己完結して彼はじっと柘榴を見つめた。首を傾げながら、こちらの様子をじっと窺う様が何処となく京極堂と重なって見えた。その様子に、榎木津は、破顔する。


「ん?こんなところで何してるんだって顔だな。京極の所は眠るのに丁度良いのだ!」


人差し指でびしっと柘榴を差して言う。まるで、大演説のような雰囲気だが、言っていることは、大したことではない内容である。興味が無いのか、くあっと口を開けて欠伸をし、前足で器用に顔を洗っている。物怖じせずに、如何にもマイペースにこちらに近寄って来る。その小さな相手の身体をふわりと持ち上げ、またごろりと仰向けに寝転がった。突然抱えられた柘榴は、怯えることもなく榎木津を見下ろしている。
わははと笑っていた榎木津は、やがてふっと口元に微かな笑みを浮かべて、目を細めた。
笑うと言うよりも、微笑みを浮かべていると言った表情は、普段の破天荒な彼とはまた違う雰囲気を醸し出している。家主の京極堂は勿論在宅しているが、今日は何があってか大した理由も無い筈なのに、関口等いつもの面子が集まっている。大して理由がなく此処に居座っているのは、無論自分も同じなのだが。
もしかすると、皆が集まって来る場所だからこそ、この家は自分にとって、居心地が良いのかもしれない。


「……なんて、本当はここに集まって来る連中の顔を見に来ただけさ。皆の馬鹿面を見るのが楽しくて、落ち着くんだ」


その微笑みは実に穏やかなものであった。普段は下僕扱いしている友人達には決して見せないその表情は、らしくないことを言った時に比例した照れ笑いだ。その表情を誤魔化すように、彼は照れ笑いから苦笑へと表情を変じさせた。


「……このことは、口外法度だゾ」


まるで、その言葉に応えるかのうように、柘榴がにゃあ、と一鳴きした。
探偵の普段は語ることの無い友人達への思いを聴いていたのは、この一匹の猫だけである。


END

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