その他短編

□温まる為に
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「眠い、寒い、暇」


かたかたと窓を寒風が揺らす武装探偵社の中、ソファーにぐたっと伸びていた江戸川乱歩は、そう言った。手帳を開いていた国木田独歩が、紙面から目線を上げて、半ば呆れたように乱歩を見やる。


「乱歩さん……、3つもの感情を同時に云わないで下さい」

「だってさあ、国木田。今日の外の寒さ尋常じゃないって。しかも、今日は特に依頼もないし、暇でしょ。それで、暇過ぎて眠い。探偵社(うち)もそろそろ炬燵置こうよ」

「探偵社の何処に炬燵を置く間(スペース)があるんです。邪魔になるだけでしょう。それに、暖房器具は付いているんですよ」

「……炬燵と云えば熱、熱と云えば乾燥、乾燥と言えば。……はっ!焼身自殺!」

「太宰、お前は何を云っているんだ!この時期は火事だの何だのが起き易いのだから、そのようなことを云うのは不謹慎だ!」


乱歩と同じくソファーに座り、考える素振りをしていた太宰治は、突斬俯けていた顔を上げていつもの自殺についての言葉を放った。それにすかさず国木田が叱責する。わいわい、がやがや。こんな平和な日は久しぶりだとその様子を見ながら中島敦は思った。その隣で泉鏡花も愉快なやり取りを見つめている。


「相変わらず今日も五月蠅いねェ」

「でも、これは日常茶飯事ですから」


傍で与謝野晶子と宮沢賢治が半ば呆れたようにととても楽しそうに談義をしている。谷崎潤一郎は苦笑を浮かべ、そのすぐ傍でお茶を淹れていた妹のナオミは、くすくすと可笑しそうに笑っていた。


「あっ、そうだ!鍋!」


がたっと突然立ち上がった乱歩は、突拍子も無く云い放った。一体何事かと国木田達は目を丸くする。

「おやおや、突然どうしたんだィ。乱歩さん」


与謝野が呆れたように笑いながら乱歩を見る。乱歩は周りに居た探偵社の社員を見渡すと、ビシッと人差し指を立てた。


「鍋だよ、与謝野さん。今日は寒いし、探偵社で鍋しよう」

「また、急ですね……」


国木田は呆れていたが、太宰は実に愉快そうに笑顔を浮かべていた。乱歩は、テーブルに置いていたいつも被っている帽子を被る。


「ただの鍋じゃ面白くないから、各自具材を買って来て鍋するってのはどう?」

「うわー、楽しそうですね!」

「闇鍋的(チック)ですか、だったら私は何を淹れようかな、青酸カリ……」

「おい、太宰。今さらっと恐ろしい言葉が聞こえたのだが。と云うか、俺達を貴様の自殺の道連れにするな」


乱歩の提案に、賢治は目を輝かせ、太宰は青酸カリと云う鍋には到底似合わない言葉を発し、それを国木田が咎めた。何だか、彼の提案は、敦の服を揃えるとなった時のような発想だ。

鍋か、と敦は思う。茶漬けは鱈腹(たらふく)食べたが、鍋なんて食べたこと、無いかもしれない。鍋を囲んで食べると言う経験をしたことのない敦は、乱歩の言葉に少し興味を持っていた。


「……そうと決まったら、早速具材の買い出しに行くかねェ」

「そうですね」

「ナオミは兄様に付いて行きますわ」


既に話に乗っているらしく、与謝野、谷崎、ナオミが同意の意を見せる。仕方無いとばかりに、国木田も同意し、それを喜んだのは太宰と賢治だ。ちなみに、太宰が国木田に青酸カリは鍋の材料にするなときつく灸を据えられたのは云うまでもない。


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